ほとんどの日本のマスコミ、政治家、及び財界人があえて取り上げて論評しようとしない事実があります。それは、今回の尖閣及び竹島に関する衝突及び暴動について、中・韓政府及び大方の中・韓マスコミが「すべての責任は日本側にある」と繰り返し激しく主張し続けているという事実です。例えば、尖閣に関してなら、国有化を行なった日本が悪いと言うのです。
しかし、対する日本政府及びマスコミは、今回の一連の騒動、特に反日デモでの侮辱や暴徒化の責任についても、中・韓の主張に対して、いかなる反論も試みておりません。「中国側・韓国側に責任がある」とは、一度たりともコメントしていないのです。
尖閣についてはむしろ、中国側の主張を認める風潮すらあります。一部の人々は「国有化したらこういう事態になることを政府は予測するべきだった」と言うのです。さらに大江健三郎氏のように「日本国民は、中国・韓国の領有権の主張の正当性に耳を傾けるべきであり、尖閣国有化にも強く反対すべきであった」という不可思議な主張をする左翼文化人たちがたくさんいます。そしてそのことが、実は国際社会での日本の立場を著しく弱めているのではないか、と懸念しております。
事実を主張するなら、今回の一連の騒動の原因やきっかけは、竹島についても、尖閣についても、すべて中国・韓国にあります。そのことをきちんと報道しない日本のマスコミの責任、そしてしっかり主張しない日本政府の責任は、あまりにも重大であり、かつ由々しく国益を損ねています。
具体的に言うと、今回の騒動がエスカレートした最大の原因は、数十年に渡る中国・韓国の常軌を逸した『反日教育』にあります。わたしたちは、あまりにも長く、その実態を見極めようともせずに、看過してきました。そのツケが回ってきたのです。
日本のマスコミは、よく「互いのナショナリズムの加熱が懸念される」というコメントをします。まったくとんでもない話で、完全に誤った認識と言わざるを得ません。日本のジャーナリストたちは、脳味噌が膿んでいるのでしょうか。
例えば日本では、終戦以来このかた、学校教育の現場で、国家の教育目標として、反中・反韓教育が組織的に行われたことは、一度としてありません。文化大革命蝋人形館もありませんし、チベット人虐殺資料館もありません。済州島虐殺展示館もありません。ウイグル原爆実験研究所もありません。
それに対して、中・韓ではどうでしょう。中国では1990年代から、韓国では1945年以降、小学校から大学まで、一貫して凄まじい反日教育が行われてきました。そのことは、最近になってようやく日本のマスコミも報道するようになってきましたが、あまりにも遅すぎます。
幼い頃から「日本人は残虐で冷酷な人種である」「卑怯で無責任で信用できない人種である」と教え込むことに、一体何の善なる意図があるというのでしょう。そこには悪意と怨みと嫉妬しか感じません。
こうした刷り込みを幼い頃から行われている国民は、大人になってからも、日本人に対する根深い嫌悪感や不信感を持ち続けるのでしょう。

9.25付の朝鮮日報日本版に、ショッキングな署名社説が載っています。日本の右翼団体が、反韓デモで韓国の国旗である「太極旗」を冒涜し、燃やしたことに関しての見解が述べられていました。いわく「日本人は遺伝子に加虐本能が刻み込まれている」「日本文化には以前から猟奇的・怪奇的要素が多かった」「今や日本列島が巨大な虫となりつつある」という表現です。
たとえ韓国で日の丸が焼かれたり踏みにじられたりしても、朝日や読売など日本の大新聞が、韓国人の遺伝子や文化の劣等性について社説で述べるというのは、あり得ないことです。そんなことをしたら、「あまりにも品位に欠ける」という日本国内からの痛烈な批判にさらされるでしょう。
一国のトップ紙が、他国の民族性や文化について、ここまで侮辱的な形容を許されるというのは、それこそ、その国の民度が問われると思うのですが、こうしたことが許されるのも、社会の中に日本に対して侮蔑的な表現をすることが一般的に許容されていることの証と言えます。同じことは中国人の多くが普通に使っている「小日本」「日本鬼子」という表現にも言えるでしょう。
中国・韓国の反日教育とは「日本人は、軍国主義的な血が流れており、いかに表面的に誤魔化して紳士的に振舞って見せたとしても、その本性はあくまでも残虐非道な人間以下の人種なのであり、そのおぞましい性向を出来れば矯正することは、わたしたち近隣国民の義務なのだ」「しかし、もしも矯正不可能であれば、公共の福祉に鑑みて、抹殺もやむなしである」という刷り込みにあります。ですから、そのような鬼畜日本人に対しては、何をやっても許されるのです。麻原彰晃の言う「ポアするべし!」という感じでしょうか。
今回の反日デモでは、中国・韓国で多くの日の丸が引き裂かれ、踏みにじられ、焼かれました。相手国の国旗を侮辱することに関しては、一部の右翼を除き、多くの日本人は批判的です。しかし、中・韓国民は日の丸を侮辱することを、何とも思っておらず、むしろ積極的なように思えます。これも教育のおかげでしょう。
日本では竹島や尖閣について、ほとんどの国民がつい最近まで意識してきませんでした。国家として自国の領土を守ることに無関心だったのです。その一方で、韓国では「自国の最も重要な土地は竹島である」と幼稚園時代から刷り込まれます。
また、中国はこの20年間、ベトナム・フィリピンが実効支配していた南シナ海の島々を、次々と軍事力を用いて強奪してきました。中国が力の差のある周辺諸国に対していかに〝暴力的〟かつ〝無法〟であるか、それを知ったなら、中国こそが「100年遅れの帝国主義」国家であることは誰の目にも明らかです。その中国に虎視眈々と狙われている尖閣に対して、日本が実効支配を今まで強めなかったのは、本当に無責任だったと言えます。尖閣国有化はむしろ遅すぎたのです。
平和ボケした今のこの日本が、〝侵略国家〟中国の国民に「日本帝国主義を倒せ!」などと言われるのは、下手な笑い話と言うしかありません。
ここまで日本人を愚弄し、貶めておきながら「日本人は先の大戦について真摯に反省しなければならない」などと主張する不誠実な中国・韓国の文化人には、呆れるのを通り越して嫌悪感すら感じます。さらに、そのような理不尽な発言に「仰るとおり日本は恥ずかしい国です」「韓国・中国の人たちに申し訳ない」などと迎合する日本国内の左翼文化人の発言には、嫌悪を通り越して憎しみすら感じます。
他国の発言を諌めることが出来ない日本政府にも、大きな責任があります。「すべての責任は日本にある」という中国の発言に対して、せめて「自国民の無作法・暴挙を他国に謝罪できない国に、国際社会の信頼は得られない」ぐらいの発言は、最低限して欲しいものです。
もちろん中国人が「日本鬼子」に謝罪などするはずがありません。「日本人など人間扱いする必要はない」という教育を推進している国ですから。
こんな状態で紛争が収まるわけがないのです。戦略的互恵関係など、絵に描いた餅に過ぎません。中国人の靴を舐めてまで、商売しなければ生きていけないとでも言うのでしょうか。まったくはらわたが煮えくりかえります。
政府は、いつまでこうした暴言を許しておくつもりでしょうか。今や「この先も、これ以上の侮辱に耐えねばならないという、その意義がわからない」と多くの日本人が感じているのではないでしょうか?
中国が経済制裁に乗り出すというのなら、させればいいのです。その時、中国を非難するよりも、日本政府に文句を言う財界人は、日本国民に呪われるでしょう。
また、中国人が「日本に核を落とせ!」と言うなら、そんなことを言わせないようにしなければなりません。しっかり核武装について考えましょう。

繰り返しますが、ここまで相互の関係が崩れた責任のすべては中国・韓国にあります。
もちろん67年前に終結した先の大戦では、日本人も韓国人も中国人も、大変悲惨な経験をしました。大東亜戦争では、アジア諸国の欧米植民地からの解放という面があった一方で、日本軍が他国の民を蹂躙した面があったのも確かです。その後の朝鮮戦争では、韓国の人々が悲惨な体験をしました。また、毛沢東の主導した大躍進と文化大革命では、中国の人々が悲惨な体験をしました。さらに済州島では、韓国軍が島民を虐殺しました。チベットでは、中国人がチベット人を虐殺しました。
どの民族も大変苦しみましたし、どの民族も時にはひどく残虐になりました。自分に都合の悪いことは隠して、他民族だけを非難するのは、そろそろ終わりにすべきです。そのような歴史の改ざんが〝愛国心〟や〝アイデンティティ〟を確立するために必要だと言うなら、そんな底の浅い〝愛国心〟や〝アイデンティティ〟で支えられた国家など、どうせろくなものになりません。
そうした意味で、中国・韓国は、もう少しましな歴史教育を行わねば、偏向したナショナリズムの罠から、脱出することはできないでしょう。それは中国人・韓国人自身にとって不幸なことです。
同じことはアメリカについても言えます。アメリカ人が、広島・長崎への原爆投下や、東京大空襲や沖縄戦における無差別虐殺の事実を無視することなく、きちんと受け止めて、子孫に教育していくことは、アメリカ人自身の精神をより豊かにし、より深い知恵を与えるでしょう。
日本の場合には問題は複雑です。例えば「従軍慰安婦問題」に関しては、小林よしのり氏や櫻井よしこ氏などの言論によって、ある程度「日本軍による組織的な強制はなかった」という事実が、一般に認知されつつあります。また、多くの場合、慰安婦の待遇は、衣食住や収入、自由時間にも恵まれたものだったことも、わかっています。
南京大虐殺についても、中国側の主張するような三十万~百万人の大虐殺ということはあり得ないということ、せいぜい数千~数万人であったということも、ようやく一般に認知されつつあります。
第二次大戦において、そのような虐殺は世界各地で起きました。例えば、フィリピンのマニラ市街戦では、日米の激戦のさなか、フィリピン人の民間人数万人が犠牲となりました。日本に殺された人もいれば、アメリカに殺された人もいます。また、殺した側もまた、惨めに追い詰められ、同じように死んでいきました。戦争という巨大な渦の中では、単純に善悪やストーリーのはっきりしたドラマはあり得ないのです。

よく「我々は反日教育などしていない。しているのは歴史教育です!」という中国・韓国の主張を聞きます。ですから、その歴史観の歪みが、結果として子供たちへの反日教育となっているのだと言っているのです。そのことを真摯に認め、反省するよう、日本側は求めていくべきです。
さもないと、アグネス・チャンの発言のように「中国も韓国もアメリカも同じ正しい歴史教育をしており、日本の歴史教育だけが間違っている」というバカな主張を、いつまでも聞き続けることになります。
大変残念なことは、我が国の知識人と呼ばれる凝り固まった左翼集団が、このバカな主張の肩を持つことです。「侵略者であった日本こそが、真摯に反省し、中韓にひれ伏すべきだ」という主張です。
しかしわたしは、歴史の反省をするのは、内省であるべきだと思うのです。先の大戦における軍令部の無責任さや、肥大した自尊心からくる参謀たちの過信、末端の兵士たちを見込みのない戦場で玉砕させた無念な状況は、今日の大津中2自殺事件での学校・警察・県庁の露呈した無責任さにも似た、救いのなさがあります。
食糧現地調達という非現実的な作戦を遂行することを強いられた末端の部隊は、各地で略奪を繰り返す以外に、サバイバルの方法がありませんでした。兵士たち一人一人が極限状況に追い詰められ、やがては民間人殺戮をためらわないように改造されていく。それは芥川の「羅生門」の世界です。
同じようなことは、朝鮮戦争でも、ベトナム戦争でも起こりました。韓国の兵士たちも、アメリカ兵も、人の心を失い、民間人を虐殺したのです。それこそが戦争の本質ではありませんか。ひとたび戦争になったら、何人であろうと、人の心を失ってしまうのです。その戦争の真実について、より深く心に刻まれているのは、韓国人よりも中国人よりも、むしろ日本人です。
韓国や中国では、日本が自国に攻めてくるという設定の仮想戦争小説が、以前から非常に人気があります。特に驚くべきは韓国で、北朝鮮が攻めてくるという小説は人気がないのに、日本が竹島に攻めてくるという小説は、大人気なのです。
一方で、自衛隊が韓国軍と激突するという日本の小説は、見たことがありません。中国との紛争をシュミレートする小説すら、ほとんどないのです。そこから考えても、何が問題なのかは明らかです。隣国に対してより強烈な憎悪と不信感を、自国民の内にせっせと醸成しているのは、中国・韓国の方なのです。
憂慮すべきなのは、現在多くの高校が、中国・韓国への修学旅行を行っており、特に公立高校では、修学旅行先の第一位が韓国となっているということです。例えば敬和学園などのように、反日的気風の強い教師たちの指導によって、日本の高校生が韓国の慰安婦資料館などに行くのは、全く感心しません。歴史的確証のないフィクションに満ちた悪しき仮想空間を、生徒たちが真実歴史上あったことと誤解してしまう恐れもあります。
どの国の歴史にも、暗部や恥部は存在します。誤解を恐れずに言うなら、わたしたち日本人が、自国の歴史を恥じたり、中国人・韓国人に 対して、罪悪感や引け目を感じる理由は何もないのです。わたしたちは、対等なのです。

以上の理由から、領土問題を深刻化させているのは、中韓の〝反日愛国〟教育(及び日本国内の反日的教育)であることを、疑問の余地のない明白な事実として認識できるです。中国は天安門事件以降、韓国は戦後の自立以降、日本を残虐非道な敵として、奇妙な事実でない幻想を国民に植え付けることで、極めて安易なやり方で、重要な国内問題を傍に押しのけてきました。
中国では、反政府デモは認可されませんが、〝愛国的〟な反日デモは当局によって参加を奨励されます。デモの中核は、政府の指令を受けた〝さくら〟軍団です。ですから中国におけるデモは、常に政府の計略・目論見を内包しています。
中華人民共和国の国歌である〝人民行進曲〟は、もともと抗日映画の主題歌だった歌で、その歌詞は「敵(日本)をうち倒せ!」という内容の歌です。今回の反日デモでも、若者たちはこの国歌を合唱しながら行進していました。
また、韓国人にとって独島(竹島)は、日本からの独立の象徴であり、1965年の日韓基本条約締結以前は、島に近づいた日本人の漁師さんたちは、韓国軍独島警備隊の兵士たちによって、何十人も容赦なく撃ち殺されてきました。
国交回復以降、これまで日本が、中・韓に対して圧倒的な経済力を有していた間は、日本政府は中・韓の反日感情の噴出を、莫大な〝無償援助〟によってなだめてきました。しかし、今や中・韓は経済的に優勢に立つようになり、「もう金は要らないから、日本人はもっとわれわれに対してひれ伏せ!」と要求してきているのです。
〝金の切れ目は縁の切れ目〟ということですね。
近年の恩とかそんなものは、どこにもありません。そのくせ、昔の恨みだけはしつこく言い続けます。まるで、自分に都合の悪い最近のことはすべて忘れて、はるか昔の恨みつらみだけしつこく覚えていて(妄想して)、あることないこと相手を責め続けるボケ老人みたいなものです。
日本は長い間、この二人の痴呆症の老人たちの面倒を見てきました。しかし、昨今この二人の老人たちは、ともに凶暴化して手に負えなくなってきています。だからと言って、無視して放置しておくわけにはいかないのです。あまりにも側にいる上、離れることも困難だからです。
わたしたちは、今こそ本気でぼけ老人対策に乗り出さねばなりません。このまま当たり障りのない態度をとっていては、そのうち本当に制御不能の取り返しのつかない状態になってしまいます。
痴呆症の隣人対策において最も重要なことは、家族や周辺住民に理解を求めることです。何も言わないでいると、いつのまにかこっちが悪者になっているということは珍しくありません。ボケ老人の世話をしていると、食事を与えられてないとか、虐待を受けているとか、お金を盗まれたとか、まるで身に覚えのないことを、本人が周囲に訴えているているということが、往々にしてあるからです。ともかく周囲の人々の理解を求め、正確な情報を提示しつつ、積極的に〝痴呆症〟の状態を説明していくことが大切です。
これまでのところ、中国や韓国が、アメリカや欧州で、積極的に新聞広告などを使って「日本は尖閣をかすめとった!」「竹島は我が国固有の領土!」「日本人は数千万人のアジア人民衆を虐殺し、数百万人のアジア人女性を性奴隷とした、ナチス以上の犯罪者なのにその反省をしない!」などと大々的に宣伝を繰り広げているのに対して、日本側の訴えは完全に後手後手にまわっています。そのせいで、日本国と日本人は、海外で甚だしい風評被害に晒されています。
その点で、日本の外務省及び政治家は、著しく国益を損ねているのです。特に、中国に対して、はっきりしっかり反論できない外務官僚や政治家や学者は、この国には要らないので、公務員であるならきっぱり辞めていただきたいと思うのです。