さて唐突なように聞こえるかもしれませんが、わたしとしては、語る価値を感じましたので、少し話して見たいと思います。
まず一月前のわたし自身がそうだったように、AKB48について、秋葉原にグループ所有の劇場を持っているアイドルグループで、そのメンバーの多さがギネスで認定されている総勢数百名の芸能集団だという以外に、ほとんど知識のない一般人のために多少の説明をしておきましょう。
このグループの結成は今から7年前の2005年で、その時からいるメンバーを初期メンバーといい、当時14歳の前田敦子さんは、その初期メンバーの一人でした。彼らは結成当時から三つのグループに別れて、秋葉原のAKB劇場で毎日一日の休みもなく交代で公演を続けて今日に至っています。
結成当初は全く人気がなく、お客さんより出演メンバーの方が多いという時期もあったようですが、今では連日満員でない日はなく、定員250名の劇場公演チケットも平均倍率80倍の抽選でしか手に入らないと言われています。
2012年現在、秋葉原に本拠地をおくAKB48のほか、名古屋・大阪・福岡に本拠地をおく姉妹グループをあわせて、メンバーは総勢238名にまで膨れ上がっています。近年はミリオンセラーを連発しており、昨年はレコード大賞も受賞し、グループの人気は非常に高くなってきているようです。
このAKBグループには、2009年から〝総選挙〟と呼ばれるファンによるメンバーの人気投票が実施されており、この選挙での得票数の上位がシングル曲を歌う16人に選ばれ、特にトップの得票をとった人は、その曲を歌う時にグループの中央の位置を占めることと定められています。
前田敦子さんは、この総選挙において2009年一位、2010年二位、2011年一位という栄冠を勝ち取った、グループの代表選手的な存在です。そしてデビュー以来、ほとんどのシングル曲で中央の位置(センター)を占め、「絶対的なエース」と呼ばれてきました。
その前田敦子さんが、個人としてもグループとしても人気の絶頂にある今年3月に、突然のグループからの引退〝卒業〟発表を行いました。ほとんどのメンバーも聞かされておらず、コンサートの最後にいきなりの発表でした。会場はどよめきに包まれました。これは彼女本人の意志であり、事務所の意向でないことははっきりしています。
これまでの7年間で、総選挙順位一桁台の人気メンバーが脱退するというのは初めてのことです。しかも精神的なストレスやスランプであるとか、個人的な不祥事といった直接的な理由は何一つなく、ファンからもグループメンバーからも事務所からも、誰からも望まれない〝卒業〟だったのです。
おそらく前田さん以外のすべてのメンバーが、もし自分が彼女の立場だったら、絶対に〝卒業〟などしないだろうと考えているでしょう。芸能界でこれからも活躍していく上で、これ以上ないほど恵まれた地位にいるのに、それを好き好んで投げ打ってしまうというのは、何とも酔狂なことだと思っている人もいるでしょう。口には出さなくとも、彼女の決断は全く理解できないし馬鹿げていると感じている人も多いのではないでしょうか。
長年トップに君臨してきた人間のみに許される贅沢な選択と考える人もいるでしょうし、密かにこの決断を「明白な判断ミス」だと考えている人も多いかもしれません。AKBを離れたら、前田敦子などじきに忘れられる「ただの引退したアイドル」にすぎないし、その後、女優業一本で勝負しようなんて甘すぎる見通しだと。
しかし、そのことは彼女自身重々承知しているはずなのです。卒業発表の時もその後にも、彼女は繰り返し「秋には一切仕事がなくなるかもしれないし、AKBを離れてその後、正直どうなるかわかりません。不安でいっぱいです」と言っていますよね。
ではなぜそれ程の不安に抗して、彼女は〝卒業〟を決めたのでしょう?
前田さんがAKBを離れることを具体的に考え始めたのは、昨年の総選挙の後ぐらいからだそうです。ですから半年以上一年近く思い悩んできたわけで、一時の気の迷いや早まった行動というわけではないはずです。芸能界という業界そのものから引退したいわけではないのですから、一般に言われているように「人気絶頂の今が〝潮時〟という賢明な判断をした」というまことしやかな理由も、まったく当てはまりません。
もちろんAKBの仲間が大好きな彼女が、「AKBに居たくないから辞める」というのは、それこそ絶対にあり得ません。
繰り返しますが、では本当は辞めたくない彼女が、一体なぜ卒業を決めたのでしょう?
その答えは彼女自身の言葉の中にあります。コンサートでの劇的な発表から一ヶ月後のインタヴューの中で、〝卒業〟を決めた理由について、彼女は一言一言考えながら、素直に気張らずに語っています。
『AKBを離れると、わたしたちって知らないこと多いんですよ』という何気ない一言で、その独白は始まります。
『自分も含めてAKBのメンバーは、世の中のこと、本当に知らないことが多いんです。でも外でいろんなことがあっても、AKBに帰ってくると「ああ、やっぱり自分はAKBなんだ。このままでいいんだ」って思ってしまうんです。それって逃げじゃないですか。
でも、わかっていても、AKBの中にいると、これでいいやって、やっぱり逃げてしまうんです。わたしも今までいっぱい逃げてきた気がします。そしてその度に、成長の機会を逃してきたのじゃないかって。だから今は、自分から外へ出ていかなくてはいけない、知りに行かなくてはいけないと感じてます。「そんなことは知らなくていいよ」ということでも知りたいって思いますよ。
本当は、女優業とAKBを両立するのは、できないことじゃないのかもしれない。でも自分には無理。ここにいたら、どうしてもAKBであることに甘えてしまうんです。わたしには、独り立ちするための決意表明というか、踏ん切りが必要でした。
一人になって自分に何ができるのかと思ったら本当に怖いです。でもここからそんな風に独り立ちしていける〝道〟を作りたい、あとに続くメンバーのためにも空気穴を開けたいと思ったんです。
責任感というか、「あの人結局なんだったの?」って後から言われたら、すべてが台無しじゃないですか。そのくらいのプレッシャーは自分にかけたいですね。でないと、いろんな人を裏切った気になってしまう。だから、ちゃんと一人で生き抜いていくことが恩返しだと思っています。
求めてくださるなら、どんな仕事でも引き受けていきたいと思っています。わたしは自分のことがあんまり好きじゃありません。自分のことが嫌いだから、シビアに見れるし、自分に一番厳しく出来るという感じです。
これからの目標ですか?
そうですね。たとえば辛い時に、誰かがそばに居て支えてくくれる、それだけでとてもありがたいし、安心することってありますよね。人ってみんなそうじゃないですか。たくさんの人に支えられて生きているし、誰かに支えられていると感じる時に、本当に幸せだと感じます。わたしは今まで本当にたくさんの人に支えられてきました。だから、自分も必要としてくれる人のそばにいたい、人の思いを受け止めて、相手を支えられる人間になりたいと思うんです。〝相思相愛〟になりたいですね。
いつも思うんですが、当たり前のことを当たり前に何気なく普通にできてしまう、自然にその場にいられるというのが、一番すごいことですよね。そういうことがちゃんとできる人たちが〝人生の達人〟じゃないですか。色々な経験を積んで、色々なことを知って、懸命に生きていく中で、数少ない人たちが到達している究極の境地があるんじゃないかと思うんです。
上の文章は、一字一句、彼女が語った言葉を正確に書いたわけではありません。だからといって、わたしが勝手に創作した文章ではもちろんありません。インタヴューを聞いた時に、わたしが感じたことでもあり、わたしが受け取れた範囲での彼女のメッセージであると言ってもいいでしょう。
ここで語られていることは、一言で言えば「自分は一人の人間として成長しなければならない」という使命感と、大好きな他のAKBメンバーも同じく「人として成長していって欲しい」という願いです。そのためには、まず自分が一歩踏み出さなければならないという責任感も感じます。
彼女が言っていることは、口で言うのはさほど難しいことではありません。誰にでも言おうと思えば言えることです。でも実際に、自分が彼女の立場に置かれていると想像した時、AKBにしがみつかずに、厳しい芸能界で、後ろ盾を捨ててたった一人で歩むことを決断できる人が、どれくらいいるでしょうか。
ずっと守られてきたせいで、まだ経験が浅く、怖いもの知らずという人なら、「それがそんなに大変な決心なのかな」とピンとこないかもしれません。しかし前田さんは、曲がりなりにも七年間芸能界にいて、さまざまな芸能人の栄枯盛衰を見つめてきたのです。彼女にしてみれば、AKBという巨大な後ろ盾を失った後の自分の状況を想像して、とても心細い思いを感じているに違いありません。わたし自身、「もし自分だったら」と考えると、たとえその判断は正しいとわかっていても、勇気が足りなくて、決断しきれないかもしれません。
おそらく彼女は、総選挙などを通じて多くの人に支えられている自分というものを強く意識するようになったのでしょう。そして、はたして自分にそれだけの愛情を受ける価値があるのだろうか、と深く悩んだことも想像できます。
「これまで受けてきた多くの人の無償の愛情に対して、少しでも受けるに値する存在に自分がならなければならない」という思い、それが内面的な成長を志す強い動機となったのかもしれません。「受けているだけでいいはずがない。今まで自分が受けてきた愛情を、少しでも人に返さなければならない」という意識ですね。
〝卒業〟という決断、それは無償の愛情を受けて育ってきた人間として、必然の決断だったのでしょう。「今度は自分が恩返ししなければならない。そしてそのためにはまず、恩返しできるだけの内実を備えた人間にならなければならない。」前田さんは今、そう考えているはずです。
「コンサートの間『わたしは本当に幸せだな』と感じていました。そして『だからこそ一人で歩き出さなきゃいけない』と思いました。誰よりも一番チャンスと愛情を与えられてきた自分が、ちゃんと一人で歩き出せないなら、あとに続くみんなが誰も歩き出すことが出来ないと思うんです」と、彼女は自身のブログで書いていますね。
さてひるがえってわたしたちはどうでしょう。わたしたちもまた、これまでさまざまな無償の愛に支えられてきてはいないでしょうか?
この平和な国では、たいていの人が、親の愛、家族の愛、友人の愛、夫婦の愛、世間の愛など、さまざまな無償の愛によって支えられて生きてきたはずです。その意味では、前田敦子さんとわたしたちとの間に、何の相違もありはしません。
けれども、自分が与えられている愛を「受けて当たり前」と思い、申し訳なさも感じられないとしたら、そして与えられるばかりで与えることを知らないのであれば、彼女の思いは到底理解できないでしょう。
多くの人が、前田さんについて、「自分にとって不利なことをしている世間知らずで純朴な子」「女優業という夢を追っている身の程知らずな子」という程度の判断しか、していないかもしれません。ファンであろうとなかろうと、AKBをよく知っている人でも知らない人でも、今回の〝卒業〟のニュースを聞いた人は、皆同様に、そうした評価に落ちつくのではないかと思えてなりません。
わたしの場合、AKBのことなど先月まで名前しか知りませんでした。前田さんのことも、実際何も知らず、たまたま先月の初め頃、上述の彼女の発言を知るまでは、3月のコンサートで〝卒業〟を宣言していたことすら知りませんでした。実際の〝卒業〟は、今月27日になるのだそうですね。
わたしは先月、子どもたちの夢中になっているものの中身が知りたいと思って、YouTubeで彼女の語っている言葉を聞きました。その時、「ここで語られている彼女の言葉は、今の日本でどの程度理解されるだろうか」と、思わず唸ってしまいました。
「自分の内面などどうでもいいし、他人のこともどうでもいい」という人には、まったく理解できないでしょう。そうでなくとも「わざわざ自分の社会的立場や実利を投げ打ってまで、何処よりも安心できる場所を飛び出して、自らの成長に賭けるなんて、そこまで内面の成長を重視すべきだとは思えない」と考える人が世の多数派ではないでしょうか。
「何も好き好んで、苦労するとわかっている道を選ぶなんて、そんな茨の道を選ばなくともいいのではないか」と思うのも、あたりまえの人情です。誰もがキリストになれるわけではありません。世の風潮もまた、目に見える成果や実利を重視し、目に見えない内面を軽視する傾向にあります。J・S・ミルは「満足した豚であるより、不満足なソクラテスでいた方が良い」と言いましたが、今や「何のために不満足なソクラテスでいなきゃいかんの?」と思ってしまう人が、世の中の大多数という気がします。
ですから、前田さんの言葉はなかなか届かないのです。彼女ははっきり自分の口で正直に〝卒業〟の理由を語っているのに、その言葉をきちんと受け取れる人は少ないようです。それで、やれ「〝うつ病〟だった」だの、「ストレスが大きすぎた」だの、見当違いのことばかり考えてしまうのでしょう。
もっと素直に〝あっちゃん〟の言葉に耳を傾けましょう。わたしから見ると、彼女は決して特別なことは言っておらず、むしろ誰もが共感できる普通のことを言い、立派に行動しています。彼女の良識ある行動が、多くの人の共感を呼ぶ世の中であって欲しいものです。
たかがアイドルグループの内輪の話と言えばその通りなのですが、世の中「一事が万事」という面もあります。大津の事件を含めて世を騒がす嘆かわしい事件のほとんどは、周囲に良識ある人物が一人でもいたなら、あるいは違う結果になっていたかもしれません。
そう思うと残念なことです。
世の中、幸せじゃない人が多すぎる気がします。不幸せな人は、どうしてもひねくれたものの見方をしてしまうものです。あっちゃんのようにたっぷり愛情を受けて、その幸せを感じてきた人でなければ、物事を真っ直ぐ見つめることはできないのです。
経済的には何ひとつ不自由ない生活を享受しながら、愛情不足なのでしょうか。今の世の中では、みんなどこかで、互いに大切な人への愛情が、ねじれてしまっているのかもしれませんね。
まず一月前のわたし自身がそうだったように、AKB48について、秋葉原にグループ所有の劇場を持っているアイドルグループで、そのメンバーの多さがギネスで認定されている総勢数百名の芸能集団だという以外に、ほとんど知識のない一般人のために多少の説明をしておきましょう。
このグループの結成は今から7年前の2005年で、その時からいるメンバーを初期メンバーといい、当時14歳の前田敦子さんは、その初期メンバーの一人でした。彼らは結成当時から三つのグループに別れて、秋葉原のAKB劇場で毎日一日の休みもなく交代で公演を続けて今日に至っています。
結成当初は全く人気がなく、お客さんより出演メンバーの方が多いという時期もあったようですが、今では連日満員でない日はなく、定員250名の劇場公演チケットも平均倍率80倍の抽選でしか手に入らないと言われています。
2012年現在、秋葉原に本拠地をおくAKB48のほか、名古屋・大阪・福岡に本拠地をおく姉妹グループをあわせて、メンバーは総勢238名にまで膨れ上がっています。近年はミリオンセラーを連発しており、昨年はレコード大賞も受賞し、グループの人気は非常に高くなってきているようです。
このAKBグループには、2009年から〝総選挙〟と呼ばれるファンによるメンバーの人気投票が実施されており、この選挙での得票数の上位がシングル曲を歌う16人に選ばれ、特にトップの得票をとった人は、その曲を歌う時にグループの中央の位置を占めることと定められています。
前田敦子さんは、この総選挙において2009年一位、2010年二位、2011年一位という栄冠を勝ち取った、グループの代表選手的な存在です。そしてデビュー以来、ほとんどのシングル曲で中央の位置(センター)を占め、「絶対的なエース」と呼ばれてきました。
その前田敦子さんが、個人としてもグループとしても人気の絶頂にある今年3月に、突然のグループからの引退〝卒業〟発表を行いました。ほとんどのメンバーも聞かされておらず、コンサートの最後にいきなりの発表でした。会場はどよめきに包まれました。これは彼女本人の意志であり、事務所の意向でないことははっきりしています。
これまでの7年間で、総選挙順位一桁台の人気メンバーが脱退するというのは初めてのことです。しかも精神的なストレスやスランプであるとか、個人的な不祥事といった直接的な理由は何一つなく、ファンからもグループメンバーからも事務所からも、誰からも望まれない〝卒業〟だったのです。
おそらく前田さん以外のすべてのメンバーが、もし自分が彼女の立場だったら、絶対に〝卒業〟などしないだろうと考えているでしょう。芸能界でこれからも活躍していく上で、これ以上ないほど恵まれた地位にいるのに、それを好き好んで投げ打ってしまうというのは、何とも酔狂なことだと思っている人もいるでしょう。口には出さなくとも、彼女の決断は全く理解できないし馬鹿げていると感じている人も多いのではないでしょうか。
長年トップに君臨してきた人間のみに許される贅沢な選択と考える人もいるでしょうし、密かにこの決断を「明白な判断ミス」だと考えている人も多いかもしれません。AKBを離れたら、前田敦子などじきに忘れられる「ただの引退したアイドル」にすぎないし、その後、女優業一本で勝負しようなんて甘すぎる見通しだと。
しかし、そのことは彼女自身重々承知しているはずなのです。卒業発表の時もその後にも、彼女は繰り返し「秋には一切仕事がなくなるかもしれないし、AKBを離れてその後、正直どうなるかわかりません。不安でいっぱいです」と言っていますよね。
ではなぜそれ程の不安に抗して、彼女は〝卒業〟を決めたのでしょう?
前田さんがAKBを離れることを具体的に考え始めたのは、昨年の総選挙の後ぐらいからだそうです。ですから半年以上一年近く思い悩んできたわけで、一時の気の迷いや早まった行動というわけではないはずです。芸能界という業界そのものから引退したいわけではないのですから、一般に言われているように「人気絶頂の今が〝潮時〟という賢明な判断をした」というまことしやかな理由も、まったく当てはまりません。
もちろんAKBの仲間が大好きな彼女が、「AKBに居たくないから辞める」というのは、それこそ絶対にあり得ません。
繰り返しますが、では本当は辞めたくない彼女が、一体なぜ卒業を決めたのでしょう?
その答えは彼女自身の言葉の中にあります。コンサートでの劇的な発表から一ヶ月後のインタヴューの中で、〝卒業〟を決めた理由について、彼女は一言一言考えながら、素直に気張らずに語っています。
『AKBを離れると、わたしたちって知らないこと多いんですよ』という何気ない一言で、その独白は始まります。
『自分も含めてAKBのメンバーは、世の中のこと、本当に知らないことが多いんです。でも外でいろんなことがあっても、AKBに帰ってくると「ああ、やっぱり自分はAKBなんだ。このままでいいんだ」って思ってしまうんです。それって逃げじゃないですか。
でも、わかっていても、AKBの中にいると、これでいいやって、やっぱり逃げてしまうんです。わたしも今までいっぱい逃げてきた気がします。そしてその度に、成長の機会を逃してきたのじゃないかって。だから今は、自分から外へ出ていかなくてはいけない、知りに行かなくてはいけないと感じてます。「そんなことは知らなくていいよ」ということでも知りたいって思いますよ。
本当は、女優業とAKBを両立するのは、できないことじゃないのかもしれない。でも自分には無理。ここにいたら、どうしてもAKBであることに甘えてしまうんです。わたしには、独り立ちするための決意表明というか、踏ん切りが必要でした。
一人になって自分に何ができるのかと思ったら本当に怖いです。でもここからそんな風に独り立ちしていける〝道〟を作りたい、あとに続くメンバーのためにも空気穴を開けたいと思ったんです。
責任感というか、「あの人結局なんだったの?」って後から言われたら、すべてが台無しじゃないですか。そのくらいのプレッシャーは自分にかけたいですね。でないと、いろんな人を裏切った気になってしまう。だから、ちゃんと一人で生き抜いていくことが恩返しだと思っています。
求めてくださるなら、どんな仕事でも引き受けていきたいと思っています。わたしは自分のことがあんまり好きじゃありません。自分のことが嫌いだから、シビアに見れるし、自分に一番厳しく出来るという感じです。
これからの目標ですか?
そうですね。たとえば辛い時に、誰かがそばに居て支えてくくれる、それだけでとてもありがたいし、安心することってありますよね。人ってみんなそうじゃないですか。たくさんの人に支えられて生きているし、誰かに支えられていると感じる時に、本当に幸せだと感じます。わたしは今まで本当にたくさんの人に支えられてきました。だから、自分も必要としてくれる人のそばにいたい、人の思いを受け止めて、相手を支えられる人間になりたいと思うんです。〝相思相愛〟になりたいですね。
いつも思うんですが、当たり前のことを当たり前に何気なく普通にできてしまう、自然にその場にいられるというのが、一番すごいことですよね。そういうことがちゃんとできる人たちが〝人生の達人〟じゃないですか。色々な経験を積んで、色々なことを知って、懸命に生きていく中で、数少ない人たちが到達している究極の境地があるんじゃないかと思うんです。
上の文章は、一字一句、彼女が語った言葉を正確に書いたわけではありません。だからといって、わたしが勝手に創作した文章ではもちろんありません。インタヴューを聞いた時に、わたしが感じたことでもあり、わたしが受け取れた範囲での彼女のメッセージであると言ってもいいでしょう。
ここで語られていることは、一言で言えば「自分は一人の人間として成長しなければならない」という使命感と、大好きな他のAKBメンバーも同じく「人として成長していって欲しい」という願いです。そのためには、まず自分が一歩踏み出さなければならないという責任感も感じます。
彼女が言っていることは、口で言うのはさほど難しいことではありません。誰にでも言おうと思えば言えることです。でも実際に、自分が彼女の立場に置かれていると想像した時、AKBにしがみつかずに、厳しい芸能界で、後ろ盾を捨ててたった一人で歩むことを決断できる人が、どれくらいいるでしょうか。
ずっと守られてきたせいで、まだ経験が浅く、怖いもの知らずという人なら、「それがそんなに大変な決心なのかな」とピンとこないかもしれません。しかし前田さんは、曲がりなりにも七年間芸能界にいて、さまざまな芸能人の栄枯盛衰を見つめてきたのです。彼女にしてみれば、AKBという巨大な後ろ盾を失った後の自分の状況を想像して、とても心細い思いを感じているに違いありません。わたし自身、「もし自分だったら」と考えると、たとえその判断は正しいとわかっていても、勇気が足りなくて、決断しきれないかもしれません。
おそらく彼女は、総選挙などを通じて多くの人に支えられている自分というものを強く意識するようになったのでしょう。そして、はたして自分にそれだけの愛情を受ける価値があるのだろうか、と深く悩んだことも想像できます。
「これまで受けてきた多くの人の無償の愛情に対して、少しでも受けるに値する存在に自分がならなければならない」という思い、それが内面的な成長を志す強い動機となったのかもしれません。「受けているだけでいいはずがない。今まで自分が受けてきた愛情を、少しでも人に返さなければならない」という意識ですね。
〝卒業〟という決断、それは無償の愛情を受けて育ってきた人間として、必然の決断だったのでしょう。「今度は自分が恩返ししなければならない。そしてそのためにはまず、恩返しできるだけの内実を備えた人間にならなければならない。」前田さんは今、そう考えているはずです。
「コンサートの間『わたしは本当に幸せだな』と感じていました。そして『だからこそ一人で歩き出さなきゃいけない』と思いました。誰よりも一番チャンスと愛情を与えられてきた自分が、ちゃんと一人で歩き出せないなら、あとに続くみんなが誰も歩き出すことが出来ないと思うんです」と、彼女は自身のブログで書いていますね。
さてひるがえってわたしたちはどうでしょう。わたしたちもまた、これまでさまざまな無償の愛に支えられてきてはいないでしょうか?
この平和な国では、たいていの人が、親の愛、家族の愛、友人の愛、夫婦の愛、世間の愛など、さまざまな無償の愛によって支えられて生きてきたはずです。その意味では、前田敦子さんとわたしたちとの間に、何の相違もありはしません。
けれども、自分が与えられている愛を「受けて当たり前」と思い、申し訳なさも感じられないとしたら、そして与えられるばかりで与えることを知らないのであれば、彼女の思いは到底理解できないでしょう。
多くの人が、前田さんについて、「自分にとって不利なことをしている世間知らずで純朴な子」「女優業という夢を追っている身の程知らずな子」という程度の判断しか、していないかもしれません。ファンであろうとなかろうと、AKBをよく知っている人でも知らない人でも、今回の〝卒業〟のニュースを聞いた人は、皆同様に、そうした評価に落ちつくのではないかと思えてなりません。
わたしの場合、AKBのことなど先月まで名前しか知りませんでした。前田さんのことも、実際何も知らず、たまたま先月の初め頃、上述の彼女の発言を知るまでは、3月のコンサートで〝卒業〟を宣言していたことすら知りませんでした。実際の〝卒業〟は、今月27日になるのだそうですね。
わたしは先月、子どもたちの夢中になっているものの中身が知りたいと思って、YouTubeで彼女の語っている言葉を聞きました。その時、「ここで語られている彼女の言葉は、今の日本でどの程度理解されるだろうか」と、思わず唸ってしまいました。
「自分の内面などどうでもいいし、他人のこともどうでもいい」という人には、まったく理解できないでしょう。そうでなくとも「わざわざ自分の社会的立場や実利を投げ打ってまで、何処よりも安心できる場所を飛び出して、自らの成長に賭けるなんて、そこまで内面の成長を重視すべきだとは思えない」と考える人が世の多数派ではないでしょうか。
「何も好き好んで、苦労するとわかっている道を選ぶなんて、そんな茨の道を選ばなくともいいのではないか」と思うのも、あたりまえの人情です。誰もがキリストになれるわけではありません。世の風潮もまた、目に見える成果や実利を重視し、目に見えない内面を軽視する傾向にあります。J・S・ミルは「満足した豚であるより、不満足なソクラテスでいた方が良い」と言いましたが、今や「何のために不満足なソクラテスでいなきゃいかんの?」と思ってしまう人が、世の中の大多数という気がします。
ですから、前田さんの言葉はなかなか届かないのです。彼女ははっきり自分の口で正直に〝卒業〟の理由を語っているのに、その言葉をきちんと受け取れる人は少ないようです。それで、やれ「〝うつ病〟だった」だの、「ストレスが大きすぎた」だの、見当違いのことばかり考えてしまうのでしょう。
もっと素直に〝あっちゃん〟の言葉に耳を傾けましょう。わたしから見ると、彼女は決して特別なことは言っておらず、むしろ誰もが共感できる普通のことを言い、立派に行動しています。彼女の良識ある行動が、多くの人の共感を呼ぶ世の中であって欲しいものです。
たかがアイドルグループの内輪の話と言えばその通りなのですが、世の中「一事が万事」という面もあります。大津の事件を含めて世を騒がす嘆かわしい事件のほとんどは、周囲に良識ある人物が一人でもいたなら、あるいは違う結果になっていたかもしれません。
そう思うと残念なことです。
世の中、幸せじゃない人が多すぎる気がします。不幸せな人は、どうしてもひねくれたものの見方をしてしまうものです。あっちゃんのようにたっぷり愛情を受けて、その幸せを感じてきた人でなければ、物事を真っ直ぐ見つめることはできないのです。
経済的には何ひとつ不自由ない生活を享受しながら、愛情不足なのでしょうか。今の世の中では、みんなどこかで、互いに大切な人への愛情が、ねじれてしまっているのかもしれませんね。