トルストイの書いた民話には天使や悪魔が出てくるお話が多いです。
特に素敵なお話に、神様によって地上に落とされた天使のお話があります。生まれたばかりの双子の乳飲み子を抱えた身寄りのない母親の魂を召しあげることができなかった天使は、神様からの三つの宿題を出されて地上に降ろされました。
三つの宿題とは、『人の中に何があるか?』『人は何を知ることができないか?』『人は何によって生きられるのか?』です。
雪の中で裸で震えている天使を貧しい靴職人が拾いました。靴職人は天使を家へ連れ帰るのですが、子どもを抱えて明日のパンにも事欠く家なので、厄介者を連れ込んだ靴職人におかみさんがヒステリーを起こします。
天使は恐ろしいモノを見るように、おかみさんの顔を見ています。というのも、おかみさんの顔には〝死相〟が現れていたからです。でも、亭主に「お前の心には神様は居ないのか!」と言われて、ふいにおかみさんの心に見知らぬ若者への思いやりの気持ちが起こってきます。
その時、天使は初めてにっこり笑います。おかみさんの顔に現れていた〝死相〟が跡形もなく消え去り、天使はおかみさんの中に神様の気配を感じることができたからです。人の中には神様があるということが、天使にはわかったのです。
それから一年ほどして、恐ろしげな立派な大男が、一年先まではける靴を注文して行きました。ところが、その男が注文している間中、天使は男の後ろの方の何もない空間を見つめながら、またにっこりと笑いました。天使は神様の二つ目の質問の答えを知ったからです。一年先まではける靴の心配をしていたその頑丈そうな男は、靴職人のところから屋敷へ帰る途中で、その日の内に心臓麻痺で死にました。天使は人間には自分が死ぬ時を知ることは出来ないということが、わかりました。
それから五年ほどして、双子のかわいらしい女の子を連れた女の人が、子供たちの靴を注文しにきた時、天使の顔に輝くばかりの笑顔が浮かびました。この六年間で三度目の笑顔でした。
あの時、母親は「私が死んだらこの子達は生きられない」と天使に懇願したのですが、天使は再度神様に遣わされた時に、母親の魂を召し上げなければならなかったのでした。しかし、子供達は死んでいませんでした。親切な女の人に救われたからです。
人は自分では、自分の算段によって生きていると考えているものですが、実は人は自分がいつ死ぬのかすら知ることは出来ない。それでも人が生きていられるのは、他人の思いやりのおかげなのです。その他人を思う心の中に神様がいらっしゃいます。
それがわかった天使の背中には、六年前に溶けて消えてしまっていた翼が生えてきました。そして強烈な光を放ちながら天へと帰って行きました。
この天使が気づいた事は、みな真実です。
人は、自分の努力や知恵や計略などで、この社会の中でサバイバルしていると信じ込んでいます。でも、それは大きな間違いですよね。東北大震災に巻き込まれた人や、命に関わる病や自己を経験した人は、それがわかるはずです。
わたしたちの目論見が成功してわたしたちが生き延びているのは、大変な〝守り〟のおかげだという事を。