シャチはね、ペンギンの子どもを殺さないんだよ。
最強の海のハンター、シャチはね、自分の子どもの訓練の為に、浜をよちよち歩いているペンギンの子をさらってくるんだ。寄せる波と一緒に、ザバーって浜辺に滑り込んで、子どもペンギンを咥えて海へ引きずりこむんだ。もう、ひとたまりもないんだ。
それから、沖の方で自分の子どもたちに、その子ペンギンを与えて、獲物を扱うことを教えるんだ。
あわれなペンギンの子は、シャチの家族の中で、空中に放り上げられては、また海の底に引きずり込まれる…。遠くから見ていると、もうとっくにペンギンの子はこときれているんじゃないかと思ったよ。
でもね、シャチはね、ペンギンの子どもを殺さないんだよ。
散々自分の子どもたちにもてあそばせた後、シャチのお母さんは、そのペンギンの子をまた口に咥えて、沖から泳いできてスウィーっと砂浜に滑り込んだんだ。あれえ~って思ったよ。
引き潮と一緒にシャチが海へと姿を消したあと、浜辺には子ペンギンが残されていたよ。羽毛が塩水でもみくちゃになってはいたけど、ちゃんとヒョコヒョコ歩いて砂浜をのぼってくるんだ。子ペンギンは怪我一つしてないんだ。
ねえ、わかる?擦り傷ひとつついていないんだよ。大事に咥えて砂浜に届けたんだ。僕はドキドキしちゃったよ。
シャチのお母さんは、我が子の教育の為の教材として捕まえてきた獲物を、用が済んだ後、わざわざ手間をかけて、そのまま無傷でもといた砂浜へ送り届けたんだよ。面倒だから海に置き去りにしたり、捨てたりとか、噛み殺して処分したりとか絶対にしないんだ。
シャチはね、自分が食べる為以外には、けっして無用な殺生はしないんだよ。それもね、本当にお腹が減っている時しか殺さない。面倒だから食べちゃおうとかしないんだよ。
ちゃんとね、ちゃんと送り届けたんだ。無傷でね。
シャチは、ペンギンの子を殺さないんだ。
ねえ、わかる?
決して殺さないんだよ。