2008年度の統計ですが、日本のペット犬は1300万頭、ペット猫は1200万頭、合計は2500万頭に及ぶ。これは、14歳未満の子供の数より多いそうです。「子供を生むより、むしろペットを飼う」というのは、先進国に共通する傾向で、国によっては人口とペット数が同じという国もあるとか。
日本では、特に2000年代に入って、急速にペット数が激増しました。それに伴って、ペットが生む子どもも飛躍的に増え、その対策として年間30万匹の猫・犬が避妊手術を受けさせられています。
昨今は、ペットの避妊手術は、飼い主の義務のように考えられているようですが、わたしとしては、これも人間の勝手な都合という気がしてなりません。ちょっと怖い言い方ですが、ペットに避妊手術を受けさせる人に限って、自分もやがて手術台で痛い思いをさせられている気もするのです。
ペットを捨てられず、かと言って引き取り手も見つからず、家の中でどんどん増えていく人もいます。それで、たまりかねて手術に踏み切るのでしょうが、いずれにしても動物には迷惑なことです
こうしたペットへの思い入れは、飼い主の内面の報われない愛の姿を表していることも多いように思います。そうした場合、ペットへの執着の強さは、自分自身の過去の傷や、内なる満たされない愛への執着の強さの現れなのかもしれません。もしそうなら、その執着から解放されない限り、その人は自分自身も周囲も不幸にしてしまう可能性があります。
甘やかされたペットの方も、どんどん馬鹿になっていきます。ペットだけではありません。人間のそばにいて、野生を失った動物たちは、みな馬鹿になっていくのです。車が近づいても逃げずに轢かれる鳩もいます。走っている車に突っ込んでくる犬や猫もいます。自然が狂っていく…。
一方で、日本の年間のペットの殺処分件数は30万匹と言われています。80匹に一匹くらいでしょうか。これだけの数のペットが棄てられているのです。自分の勝手な都合でいとも簡単に、自分の周囲にいて、それまで一生懸命助けてくれていた存在を、ぞんざいに切り捨てられる人も多いのです。
自分の責任で飼っていたペットさえも、要らなくなったらさっさと捨てられる。だから、いらなくなった人間もまた、躊躇なく切り捨ててしまえるのです。面倒な人間関係は、いとも簡単にバッサリと切って捨てます。「これ以上付き合うのは、わたしの許容範囲を越えるから」と。
当人にしかわからない、そのなんだかわからない〝許容範囲〟を越えたら、子どもも、親も、友人も、あっけないくらい簡単に捨てられる。反抗する子ども、ケンカした友だち、年とって役に立たなくなった親、「みんないらない!」と。多分、面倒臭くなるのでしょう。何もかも興味ないし、ウザいのでしょう。ペットなら自分の思いのまま、反抗しないですものね。もし反抗したら、即、殺処分…。
人間もおんなじです。そうして切り捨てられた人たちが、毎年3万人以上、自ら命を断っていきます。あるいは、年間3万人以上が、誰も遺骨の引き取り手もないまま無縁死していくのです。
日本では、特に2000年代に入って、急速にペット数が激増しました。それに伴って、ペットが生む子どもも飛躍的に増え、その対策として年間30万匹の猫・犬が避妊手術を受けさせられています。
昨今は、ペットの避妊手術は、飼い主の義務のように考えられているようですが、わたしとしては、これも人間の勝手な都合という気がしてなりません。ちょっと怖い言い方ですが、ペットに避妊手術を受けさせる人に限って、自分もやがて手術台で痛い思いをさせられている気もするのです。
ペットを捨てられず、かと言って引き取り手も見つからず、家の中でどんどん増えていく人もいます。それで、たまりかねて手術に踏み切るのでしょうが、いずれにしても動物には迷惑なことです
こうしたペットへの思い入れは、飼い主の内面の報われない愛の姿を表していることも多いように思います。そうした場合、ペットへの執着の強さは、自分自身の過去の傷や、内なる満たされない愛への執着の強さの現れなのかもしれません。もしそうなら、その執着から解放されない限り、その人は自分自身も周囲も不幸にしてしまう可能性があります。
甘やかされたペットの方も、どんどん馬鹿になっていきます。ペットだけではありません。人間のそばにいて、野生を失った動物たちは、みな馬鹿になっていくのです。車が近づいても逃げずに轢かれる鳩もいます。走っている車に突っ込んでくる犬や猫もいます。自然が狂っていく…。
一方で、日本の年間のペットの殺処分件数は30万匹と言われています。80匹に一匹くらいでしょうか。これだけの数のペットが棄てられているのです。自分の勝手な都合でいとも簡単に、自分の周囲にいて、それまで一生懸命助けてくれていた存在を、ぞんざいに切り捨てられる人も多いのです。
自分の責任で飼っていたペットさえも、要らなくなったらさっさと捨てられる。だから、いらなくなった人間もまた、躊躇なく切り捨ててしまえるのです。面倒な人間関係は、いとも簡単にバッサリと切って捨てます。「これ以上付き合うのは、わたしの許容範囲を越えるから」と。
当人にしかわからない、そのなんだかわからない〝許容範囲〟を越えたら、子どもも、親も、友人も、あっけないくらい簡単に捨てられる。反抗する子ども、ケンカした友だち、年とって役に立たなくなった親、「みんないらない!」と。多分、面倒臭くなるのでしょう。何もかも興味ないし、ウザいのでしょう。ペットなら自分の思いのまま、反抗しないですものね。もし反抗したら、即、殺処分…。
人間もおんなじです。そうして切り捨てられた人たちが、毎年3万人以上、自ら命を断っていきます。あるいは、年間3万人以上が、誰も遺骨の引き取り手もないまま無縁死していくのです。