ミラノに戻ってきて1ヶ月。
日本にいた事がずっと遠い昔に感じられる。私とほぼすれ違いに夫が日本出張に出て、来週夫と長男も帰宅する。
長男に関しては、「旅立っちゃうと寂しいでしょ?」「戻ってくると嬉しいでしょう?」とよく聞かれるが、あまりそう言った感覚はない。
ただ父が帰天し丸4年。直後から私がコロナ禍があり、10ヶ月母のそばにいて、3-4日重なるだけだったが、長男が帰国?来日?し、日伊間途中行ったり来たりはあったものの、母のそばにずっといた。
そばにいたとは言っても、彼も仕事を始め日中はいないか?寝ているか?結局生活のリズムは違っており逆に迷惑をかけていないか?気がかりだった。
何度か「今病院にいる。」「救急車を呼び、これから病院へ行きます」と母からメッセージが数回入った時は、何があったの?とドキっとしたが、どれも母ではなく長男の不調で母が付き添うものだった。80代のおばあちゃんに付き添ってもらって何やってんの?と言ったくらいだった。
彼の不調はいつも検査をしてもなんでもない腹痛や吐き気や頭痛が多かった。自律神経か?慣れない環境、文化の違いの中での精神的なものが割合をしめていたようだ。
しかし、こじつけではないが、母に心配をかける事で、ある意味母も気が張る生活ではあったとは思う。それがなくなって、ホッとする事もあるだろうが、ふと気が抜けて寂しく感じたりするのかなあ?などと考えると、長男の出発が近づいてくると、なぜかザワザワ感。私が帰国中そろそろ出発、という時に感じるような、言葉にならない気持ちになってきた。
まるっきり一人の生活になると、食べる量も本当に少ないし、洗濯物も少なく、日々のルーテインが減ってくることだろう。しかも、母の趣味であった編み物も、ここ数年手の指の関節が凸凹になり、曲がり始め、痛みが出るヘパーデン結節というのにかかり、編み物もしなくなった。「やることないから、早く寝ちゃうのよ」という。
ある日、日本の夕方にメッセージを送ったが、既読にならず、何度かメッセージを送ってもそのまま。長男におかしいよ、と連絡をしたら、携帯では「電波の届かないところにいる」といわれ、固定電話にも出ない。それはおかしい…と言って大騒ぎになり、彼も帰宅までにはあと4、50分かかると言う。もう私もいても経ってもいられない。実家の近所に長男が帰国の度に体験入学していたクラスメートの家があったが、今や彼は仕事を始め、家を出ているので、彼の母親に連絡をして、実家の祖母を見てもらうよう頼んだことがあった。夜の23時台だっただろうか。
結局母の携帯電話は機内モードになっており、家の電話にも気づかず寝ていたということが判明した。其れならそれで安心だが、いままでなかったことだけに大騒ぎをしてしまったことがあった。
長男がいなかったら、事態に気づく母の対処を待つまで、こちらはドキドキであったことだろう…。
常に母とはこまめに連絡を取っているが、ふと数日忘れていることもある。もちろん、電話をしていても、実際会っていないため、ちょっとした変化に気づけないことも、あるかもしれない。
親のリアル、を改めて考える日々である。
今日の一句
親の老い 気づくとすぐに 自分の番