聖土曜日 〜 復活徹夜祭 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 

キリスト教の最大の祭りは、クリスマスではなく、復活祭。復活徹夜祭は、一年の典礼のうち、最も盛大で、中心的な祭儀である。この夜、教会は本来、十字架上で死に、葬られたキリストが復活するのを、徹夜で祝うものだが、夜の11時から始まった我がパロッキアのミサも今年は9時からとかなり早まった。(ちなみに日本では夜の7時代くらいから始まるらしい。)年寄りが多いせいからか理由はよくわからないが、例年よりも参列者が少なかった気がする。

 

しかも、パロッキアから目と鼻の先にあるサンシーロでは、インテルxローマ戦のサッカーの試合があり、我が家の前は夕方早々から観光バスが並び始め、外で食事をしている人たちも多いようで騒がしかった。もちろん、ミサの間も、外からの歓声も良く聞こえた。苦笑

 

ところで、イエスが亡くなる前後の「聖なる3日間」はどうも日数が合わないぞ!と思ってしまうのだが、当時のユダヤにおける1日は、創世記に「夕べがあり、朝があった」(1:5など)と書いてある通りのように深夜12時ではなく、日没がその日の始まりとなる。福音書にある「安息日」というのも、金曜日の日没から土曜日の日没にかけて。そういうわけで今日、土曜日の日中は、イースター(復活祭)のための準備にあてられる。

 

そして日没を迎えると、カトリック教会では「聖なる3日間」の3日目、復活の主日「復活の聖なる徹夜祭」として、1年におけるキリスト教会最大の祭儀を持つことになるのだ。

 

復活徹夜祭は、「光の祭儀」、「ことばの典礼」、「洗礼と堅信」、「感謝の典礼」と、4つの部分から構成されているが、今年は洗礼式がなかった。「光の祭儀」の中心は、「光」、「火」。この光は、新しい光、永遠の光である復活のキリストを表す。教会堂の外の暗やみの中で新しい火が祝福され、この火が復活のろうそくに灯される。そして、一同はこの新しい光キリストを先頭に教会堂の中へと行列し、「キリストの光。神に感謝」とほめたたえながら、この光をそれぞれのろうそくに灯す。

 

「光の祭儀」は、「復活の賛歌」をもって結ばれる。一年に一度しか歌われないこの賛歌は、救いの歴史とあがないの神秘を凝縮したすばらしいもの。

 

それにしても、だいぶ暖かくなったて来たが、夜のお御堂は寒くて寒くてたまらなく、途中でトイレに行きたくなった。(が、我慢)そういえば、私の洗礼式の時も、途中トイレに行きたくなったことを思い出した。あまりにも寒く、洗礼で頭に水を浴びたときは、ひえっ!!思わず声をあげそうだった。苦笑 復活前夜祭の洗礼式は、思い出深い。

 

 

 

こちらは、ヘンデルの「見よ、勇者は帰る」。"Cristo è risorto, alleluia"「キリストが復活した。ハレルヤ」という言葉で始まる聖歌。

 

「闇」と「光」。「死」と「復活」。

 

空の墓を信じるのは、信仰の力。復活の恵み。

恵を運ぶ人となれますように。