最上のわざ 〜 恵みのひとしずく | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

昨日未明、知り合いの日本の方が老人ホームでお亡くなりになられた。

 

「あなたこういうとこ来るの嫌じゃないの?」「抵抗はないの?」とよく聞かれたが、「そんなことないですよ」と言い、行く度、毎回喜んでくださったし、「何してるの?」と電話もくださった。

 

父の具合を見に帰国するので、しばらく会えませんね、と空港から電話したら、たくさん親孝行してきなさいよ、と言われた。父と同じ81歳。息子さんを小さい頃に病気で亡くされていらしたが、生きていれば私と同い年だったという。

 

十数年前、初めてお会いした際、ちょっときついことを言われ、その後お会いするのを躊躇していたが、物事をはっきり言うが、情の深い方だった。

 

徐々に食欲がなくなっていたが、中華街のお豆腐屋さんのお豆腐が好物だというので、中華街へ行くたび買って持って行いくとぺろっと一丁召し上がっていた。食事制限があったけれど、周りには、「日本のチーズよ」といっていたようだ。行くたびに、薬味もつけお醤油も瓶に入れて持って行っていた。

 

ある日、日本語が読みたいとおっしゃるので、同じカトリック信者だったからやはり「聖母の騎士」とかカトリック系の冊子がいいですか?と聞くと、私の顔をじーっと見て「何いってるのよ。ゴシップが面白いに決まってるでしょ!」と言われ、入手する雑誌を持って行ったりしていた。笑

 

日本から戻り、週刊誌と麺の入ったインスタントスープを準備していたが、あまりにも多忙と訪問の時間帯が合わず、また風邪をひき、うつしてはいけないので、なかなか訪ねて行くことができなかった。

 

先週出かけたついでに寄ってみたら、普段はおしゃれで髪を染め、宝石類を常に身につけていらした方が、ベッドに倒れるように伏しており、一瞬だれだかわからず、「⚪️⚪️さんですか?」と思わず聞いてしまったくらいだった。そして、彼女も私のことが一瞬わからなかったようだ。

 

あまりにも衰弱しているお姿にショックを受けた。数日前に亡くなられたご主人の親類がいらして、今後のことはすべて任せたので、もう安心、とおっしゃっていた。ご自分の死期が近いことを感じていらしたのだろう。

 

手を貸して、といわれ手を握ると冷たかった。けれど、私の体温で徐々に温かくなっていたが、目をつぶり朦朧としているようだった。その後検査があるので、お風呂で綺麗にしましょうと看護師に言われていたが、抵抗し、私に説得させて欲しいと言うので、着替えましょうか?というとすぐに聞いてくれた。お風呂に入るというので、じゃあこれで私は帰りますよ、と手を握ると、皆によろしく、と言われたのが最後になってしまった。もう一回は会えるだろうか?と思っていたが、週末は多忙と疲労でどうしようもなかった。

 

今日、追悼のミサが行われた。

 

延命のための治療はしたくないとおっしゃっていた。最後はあちこち悪かったようだが、自然(神の)の摂理に任せ、苦しまず、安らかに息を引き取られたのではないだろうか。あの方ご自身の持っていらした生命力に寄り添いながら自然なかたちで迎える死、「平穏死」だったように思える。

 

死は悲しいけれど、きっと天国で息子さんとご主人に会われたにちがいない。どうか安らかにお休みください。

 

最上のわざ
     
この世の最上の業は何?

楽しい心で年をとり、

働きたいけれども休み、

しゃべりたいけれども黙り、

失望しそうな時に希望し、

 

従順に、平静に、おのれの十字架を担う。

若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを

見ても、ねたまず、人のために働くよりも

、けんきょに人の世話になり、弱って、も

はや人の為に役立たずとも、親切で柔和で

あること――。老いの重荷は神の賜物。 

古びた心に、これで最後のみがきをかける。

まことのふるさとへ行くために――。

おのれをこの世につなぐくさりを少しずつ

はずしていくのは、真にえらい仕事――。 

こうして何もできなくなれば、それをけん

そんに承諾するのだ。 

神は最後にいちばん良い仕事を残してくだ

さる。それは祈りだ――。 

手は何もできない。けれども最後まで合掌

できる。 

愛するすべての人のうえに、神の恵みを求

めるために――。 

すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声

を聞くだろう。

「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」

と――。
                

「人生の秋」 ヘルマン・ホルベルス著

 春秋社