「魔の思春期」第2弾。
あるサイトを見ていたら、「思春期は病気ではない」とあった。それは海の波の様なものだという。行っては来て、行っては来て...だからだろうか?
親や大人のいうことを聞く、「いい子ちゃん」で居られるのも恐ろしい。いつかどこかで爆発するだろう。そういう意味じゃ、思春期、反抗期は心の内側を吐き出すのに、大事な期間。人によって個人差はあるが、12-13歳からはじまり、19-20歳が一番難しい時期。そして最終的にけじめをつける?のが35-40歳だとあるサイトに書かれてあった。そうなの?じゃあ私はけじめをつけた訳?と苦笑ながらに思ったが、まあ一般的には、自分の好きなことだけをする年代から経済的自立をし、結婚生活、そして子育てなどを通じ、人間はより大人になっていく、ということなのだろう?
そういう意味では、とにかく吐き出すことが、成長の一貫とは頭でわかっていても、いちいち反応してしまう。
ところで、とても興味深い話を聞いた。
子供のうちは、親や学校の先生など大人の言うことを、子供はいろいろと自分のザイノ(リュック)の中にいれ背負っている。(重いんだろうなあ。苦笑)そして、ある時期(それが思春期なのかもしれない)、ザイノの中身を全て外に出し、どれが自分に必要か必要でないか見極めていくのだという。そういう意味じゃ、親に与えられたものだけを疑問もなく、持ち歩いているとしたら、それも不気味である。確かにね....親の与えたものに疑問を持つのは、当然で、自然な成り行きかもしれない。特に勉強、信仰や仕事の継承云々。親が勉強しろ!といって仕事もしていなかったら疑問、不満、不安などを抱いても当たり前。信仰も神の教え、以前に存在に一度は疑問を持つことも自然な成り行きだろう。
この話を教えてくれた友人と、私自身がこの1年、子供の付き合いで始めた空手に一番私がはまってるのよ、と話した。日本を離れて、初めて武士道/女武士道のあり方に感動しているのよ!というと「エッコ!ほらね!」といって、それも新たにザイノにいれているものなのよ。あなた自身のザイノ!と言われて、そうか...と思った。
若い頃興味のなかったもの、そしてもし誰か、特に親に勧められていたら、きっと反発していただろうものを自分から興味を持ったり、好きになったりすることもある。だから、子供の思春期に、まともに向き合って、キーキーいう方がおかしいのかもしれない。どこか道を外れそうになった時だけ、手を差し伸べられる親が重要なのだと思う。イタリア人を見ていると、幼少期は、蝶よ花よと育てておきながら、中高生以上になると、べったり過保護か急に引き離す親の多いこと。
隣の芝は青く見えがちだが、真面目で、うまくいっている(ように見える)家庭だけが幸せとは限らない。
思春期、親もしんどいわ...
