今日我がパロッキア(教区教会)では、42人の小学4年生(9歳)が初聖体を受けた。そのうち、5人が洗礼を受けた。
児童生徒のカテキズモ(カトリック要理)は4年間行われるが、パロッキアによっては、2年目で初聖体、その2年後に堅信を受けさせるところもあるが、長女がカテキズモに通っていた時は、我がパロッキアは4年カテキズモを受けて、初めて初聖体と堅信の儀が受けられた。長女の場合は洗礼も含めて行われたが、主任司祭が変わったからか、どうもシステムが変わったようだ。しかも、今年度からカテキズモの開始が小学2年生からと早まったので、堅信を早めてやっているところも多い。
今日のための聖歌隊の練習は、先日声が出なかったため、お休みしたが、どれも知っている曲だったので助かったが、やはりまだ声量が出ず。高い音は、またまた口パク。苦笑
「初聖体」というと、パロッキアによっては、女の子は小さな花嫁みたいな白の衣装で髪の毛に花の髪飾りをつける子が多い中、我が家パロッキアはいたってシンプル。ミサのキリケット(侍者)が着るような白いチュニック。全員レンタルのはず。個人的にはそれが一番だと思う。
ところで、「初聖体」とは、カトリック教会、(正教会、東方諸教会などキリスト教諸教派において)、ミサの際、キリストの体の実体として信じられ、食されるもの。これは、洗礼を受けていないと、与えられないし、初聖体を受けていないと、堅信も受られない。そして、パンはホスチア (hostia)と呼ばれ、ラテン語で「いけにえ(の供え物)」を表すもので、キリストが犠牲にされる過越の小羊であることからわかる。もともとはミサのなかで性別されたパンとぶどう酒を指していたが、次第にパンだけがホスチアと呼ばれるようになった。
またまた話は変わるが、今月末に行われるConcerto di Maggioでは、一昨年前に歌ったモーツァルト作曲の「Ave Verum Corpus」を再び歌うのだが、この曲は聖体の秘跡に対する深い信仰がベースとなっている中世の詩である。つまり、「聖体の秘蹟」に対する祈りの詩であり、この「初聖体」の儀にAve...の曲を思い出した。
Ave verum corpus natum
de Maria Virgine
Vere passum, immolatum in cruce pro homine
Cujus latus perforatum fluxit aqua et sanguine
Esto nobis praegustatum mortis in examine
おお、おとめマリアよりお生まれになったまことの体よ。
まことにあなたは人類のために十字架によって真に苦しみを受け、
いけにえとなられました。
あなたのわき腹は刺し抜かれ、水と血が流れ出ました。
キリストはおとめマリアから生まれ、自らの教え通り人類の罪を救うために命をすてられた。キリストが現存する聖体に対しての祈り、つまりいつか私たちが死を迎える時、神の私審判を受ける試練の前に必ず聖体をいただくことができるようにと、切に願う詩である。歌詞を知れば知るほど、信者としてご聖体をいただくことの意義を深く考えさせられる。
「これが私の体であるこれをとって食べなさい。これが私の血であるこれをとって飲みなさい、これを私の記念として行いなさい」
イエスは小さなパンとなり霊的に私たちを養って下さる。栄養として、神の言葉が私たちの心に宿り霊的成長ができますように。
