ミラノの教会の鐘を鳴らす方… | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

$ミラノの日常 第2弾

ミラノの新たな大司教が昨日決定した。(とはいえ、早くから噂は聞いていたし、昨日の12時過ぎに発表が出ることも新聞には報道されていたのだが…)

アンジェロ・スコラ司祭(枢機卿)。 1941年生まれ。
コムニオーネ・エ・リベラツィオーネ(カトリック運動団体の一つ。イタリアでは "CL"(チーエッレ)として知られる)の創始者・故ジュッサーニ氏と大学で親交があつく、活動を続ける。教皇庁の大学で教鞭を執り、その後もいくつかの教区で大司教をつとめるという華麗なる経歴の持ち主。

「経験豊かな、(教会、信者の)強い熱情を持つ大いなる文化人」(uomo di grande cultura, di molteplice esperienza, di forte passione ecclesiale)とまで言われる。こういった背景にあるため、「(宗教間の)対話の人」とも呼ばれる。

ちなみに、今までのテッタマンツィ大司教は、ミラノ司教区には残るが「祈りの家」にはいるらしい。

ほむべきかな、主の名によりて来たる者。("Benedetto colui che viene nel nome del Signore”)

又、CL出身ということで、批判の声もちらほら。確かに、彼らの運動は元々高校教師から始まったこともあり、教育には熱心。内部を固めようとするため、非常に保守的(に見える)。(だいたい、宗教団体はそういう欠点もあるのでは?)知的にも、精神的にも(肉体は?笑)に秀で、気力に満ちた人間…じつは、私も今年に入り、二度ほど彼らの集まりに参加したのだが、いかにもエリート集団、というイメージを受けたのが本音。地元の教会の方が、老若男女、学も職もそこそこで、信者でありながらも、俗物根性丸出しの方が、人間っぽくていいかな。何が自分にあうのだろう…と感じている今日この頃。

さて、CL創始者のドン・ジュッサーノ氏の言葉を借りるなら信仰は、単にあの世や未来に役立つのではなく、今役立つものだ、という。哀れみは全ての役に立つ。この世とくるべき世に役立つものとなりながら、全てのものに役立つ。

宗教的な考えをその生き方に反映させる人は、今の日本には少ないだろう。もちろん、イタリアだってそうなりつつある。

けれど、上記表現を受け入れるならキリストを証しする為に私達は洗礼を授かり、その証の内容は、信仰が今役立つ、今の変化に役立つ ・・という証明の中に現れる。

そして、天の父は私達を通し、その命、人生を通して御子に栄光を与えられる。だから、もし『彼』の名によって、また、『彼』を認める事によって、私達の命、人生が、普通の人から見た時に、何らかの形で、はっきりと変化している様に見えるならば、私達の命・人生は、『彼』に栄光を捧げられているといえないだろうか。哲学か…ふっ。しかし、哲学には救いはないが、宗教には、希望がある。灯火があり、救いがある。

とはいえ、ミラノ市長も、ミラノに新しい風を吹かせると言ってやって来た。

スコラ大司教に、ドウモ・マドンニーナのほほえみを。