食べたら、食べっぱなし。洗面所を使ったあとは、水浸し。抜けた髪の毛は床にいっぱい。「次に使う人や、片付ける人の身になってよ!」「毎日、同じこと言わせないの!」本当に毎日同じことの繰り返し。あー嫌になっちゃう。
考えてみれば、私も子供の頃、良くいわれた。「長い髪が落ちている」、「お風呂に入ったあとは、窓を開けて、床や壁は拭いて出ること」。
きっとホテルの部屋を片付ける人は、きっとそこに泊まっている人に、直接会わなくても、「こんな人」と想像つくんだろうな、とつくづく思う。
家族は、何をいっても、「面倒だから」という。「ママは、お手伝いさんじゃないよ!」と、逆ギレ。笑 きっと、日々の営みの中で、自分の怠け心、面倒をいとう心と闘い続けて、初めて台所、洗面所もきれいに保たれるし、自分の心に溜まる垢も落ちるのだと思う。
便利な文明の利器が次々と産み出され、その恩恵にあずかっている私たちは、小さなことに心を込めることを忘れつつある。面倒だと思ったら、靴を玄関に脱ぎっぱなしにせず、ちょっと手で揃えて端に置くような、日常生活の中の小さなことへの心づかいではないだろうか。 (とくに、こちらには、日本のような玄関の三和土がない分、余計)。
人間らしい、美しい人がらって何だろう。
目に見えるもの、見えないもの。小さいことにでも、気づける心。
「面倒だからこそ、するの!」
夫は、徐々に変わりつつあるけれど、いずれにしても、子供達同様うるさい奴だとしか思っていないだろう。
お金をかければ、人やものは、きれいになれるかも知れない。けれど、お金をかけても得られない美しさ、キリッとした表情は、「面倒だからしよう」という心の闘いからしか生まれないんじゃないのかな。