✝1人でも多くの人が、悪魔の存在も、罪の存在も、神の存在をも認めて、回心へと向かいますように✝

悪魔祓いをした人は、必ず。。

自らの罪が、一体何であるのか。を、真に理解すること。

その深さ、その意味、その影響。。 全てをきちんと把握、そして理解し、

罪が自の内にあった事、また、罪の行いを認め、

そして、自らの罪から離れ、悔い改め、行動を改めて行かなければなりません。


私は、この作業の全てに関わり、手伝いをします。 

つまり、『 悔い改め 』 の手伝いをしているのです。


これは、神様や天国へと続き、また、生きている今も、

自分も人も、幸せに生きる事ができる道へとガイドをするのです。


私は、その人が悪くなっている原因のその人の罪を、暴きます。

なぜなら、罪を犯している人は、その罪が大きければ大きい程、

その罪には気付いていないからです。


・・・いくら、その犯した罪について嘘をついても、

私の中の 何か は、それを許さずに離さず、完全に見抜くからです。


私の前に来た人は、その後ろめたさや、恥ずかしさや、取り繕いたい気持ちから、

嘘をつき、隠します。 または、ほんの一部だけを認めたりするのです。


私は、構わず、その人が何を言おうと、自分の視た事、捉えた物だけを頼りに、

どんどん、話を進めます。


すると、私の前に来た方は、嘘はつききれない事に気付き、後々になって、

白状し、本当の事を語ります。 

また、一つ白状すると、どんどんと、また他の罪も自ら語り始めます。


この時、とても、興味深い事が起こります。


 本当の事を話すと、その人の中にあった、悪魔の隠れる場所が無くなるのです。


エクソシストとして何十年も働いて来られたイタリア人の神父様はおっしゃっていました。

『 悪魔は、いつも隠れている。 隠れてその仕事をしている。  』 と。

私から、もっと厳密に言うと、


 悪魔は、人の中の 悪い思い、悪い考え、悪い行動 の内に、隠れる事ができます。


だから、私は、こうしてあぶり出すのです。 

聖書に在る、真理の教え、イエス様の言葉を基にして。

『 悪魔は、初めから人殺しであり、真理をよりどころとしていない。 』 ( ヨハネ:8-44 )

と、イエス様が言われる通り、 悪魔は、真理とは真逆、そのものです。

悪魔は、私の神様の教えて下さった真理の言葉や、神様の光と正しさへと向かう質問が、

とても苦しいのです。


私は、聖書の教えから一歩も。。一言も離れずに、言葉を発し続けるからです。

その人に必要な個所にのみ限定して。 


 その上、私と関わる要求というか、話をさせて頂く上での条件は、

 私と共に、私の方法で、共に、神に祈る事。


この祈りは、1人で行うものとは、全く違い、

真に、自分自身と、そして、自分自身の罪と向き合い祈る作業なので、

ごまかしが無く、更に。。

上記の作業を、マリア様のお執り成しによって進める事によって、

更に、自らの罪や、自分の本当の状態に、気付く事になります。


悪魔にとっては、もう、どうしようもなく、この上なく、苦しくなるのです。

こうなると、悪魔は、その人の内に留まる事ができていた居場所がなくなって、

必死になって。。

必死のあまり、隠れる事をしなくなって、

霊的な現象を、実際に起こし始めます。


その形は様々です。


しかし、一様に、


 ・ 祈りやミサに与る事を阻害しようとする。

 ・ 私とのやりとりや、会話を邪魔しようとする。

 ・ その人が、立ち返ろうとする事や、良い行いをしようとするのを、邪魔しようとする。

 ・ はっきりと、誰が聞いても分かる、悪い考えや、悪い思いを繰り返し、その人に、

   強要しようとしてくる。


こうした事が起こり、

   ・・・ここで、その人も、気付くのです。


   自分には、おかしな事が起こっている。。と、


自分の良いと思っていた、何とも思っていなかった行動が、

それは、実は、悪いものであり、

神様に背くもので、・・・それ故に、ソフィアが指摘する様に、

こうして悪魔が、隠れ忍び自分の内に潜む結果になり、

それが今、あぶりだされている事を、本人が、目の当たりにするのです。



しかも、そうした霊的な現象が、 悪しきもの のせいだといえるのか。。

それは、誰も疑う余地がない程に、その人の本能が教えてくれるからです。

熱いものから瞬間的に手を引っ込めるかのように、

胸やけがする様に、気持ち悪く、抑えられない程、強烈に沸き立つ鳥肌が、

その現象の反応として、自分に起こるからです。




そして、その人は、私の言葉をもう一度思い出し、考え直します。



“ 今までは、半信半疑で、話を聞いていたし、

・・・そうした変な状況には心当たりがあっても、

自分ではなく、自分以外の家族がそうした状態にあるのだろうし、、

何より、ここで自分に話をするソフィアと名乗る人の方こそが、違い、

間違っているのではないか。 ” と、思っていた。

しかし、自分に起こった反応と、この目の前の、ソフィアという人物の話した言葉の全ては、

どれも、これも、イエス様が、何を言われたのか、教会では、この時どうするのか。。

聖書で教えてくれている事。 これ以外の話は、全くしてはいない事に気づきます。




こうして、疑いようがなく、どう考えても、一つの答えに辿り着くのです。



また、信じてもいなかった、自分自身の身体や状態が、ソフィアの祈りによって

誰も疑う余地もなく、 直ぐに楽になって、初めて気づく人も居ます。




身体が楽になって、視界が明るくなった。 

思考が止まらずに、考えられるようになった。。

久しぶりに、息をしている気がする。。


など。 “あぁ、自分は、おかしな状態にあった。”と、気付くのです。



『 悪魔は初めから人殺し 』( ヨハネ:8-44 ) と、在る様に、

最後には、人間が自殺するように。。 または、死に至らしめる事が目的です。

なぜなら、その魂を、自分の物とできるからです。

( 占い師、霊能者、この類の人が、ある日突然気が触れてしまったり、

  変死したり、突然死する。 という事が起こるのは、


 こうした事がその実起こっている為です。 )


悪の道を進めば進むほど、彼らは、その人に対して、実際にできる事が増えてきます。 

なので、こうした事も起こるのです。





『 悪魔 』 そして、その格下の存在 『 悪霊 』 はいくらでも存在します。


そして、神の御前における 『 罪 』 も、存在します。

その 『 罪 』 は、法律を犯す事なく、警察に捕まる事もなくとも、

その人自身を、貶め、悪くします。

そして、神様の御前における『 罪 』を犯していると、

普通に、悪魔や、悪霊は、その人の内に留まる事ができてしますます。

つまり、その人の罪の中にこそ、留まるのです。


誰が見ていても、見ていなくとも、 この世で、裁かれても、裁かれなくとも、

全ては、死後に神様の法によって、人は、裁かれます。



       『 天国 』 も、 『 地獄 』 も、存在します。



天国も地獄も、この全宇宙も、この地球と地球に生きる全てを司っておられる

       『  神様  』 は、おられます。








ここで例えに出した方達は、全て、

・・・もう流行り出して長くなる、天使の何とか、女神やら妖精、カタカナで行うヒーリングと

称した霊的なものと関わった方、

レイキ、イタコ(霊媒)、タロットや、その他霊的な事、

また、これらを行う新興宗教と関わった方達です。


悪い事とは知らなかった。 全く、悪いとは微塵も思わず、そうした感覚もなかった。

今まで関わらせて頂いた、皆さんが、一様に思っていた事です。


こうした方達は、誰からみても、私の助言に従い、その方自身の状況が、

良い状態になっています。


また、その方自身も共に祈る事によって、今まで誰も気づかなかった、

洗脳に自分で気づき、自然と解かれる。 

そうした事も起こっています。



良い状態になる事は、何も、その方自身の精神状態だけではありません。

その方の考え方だけでなく、その方自身の体調そのもの、

家族との関係性、

友人や、人付き合いにおいても、今までの状態から好転し、

普通の状態に戻っています。

詳しくはお話できませんが、特に。。

仕事や生活の面において、・・・やはり、誰が見ても、聞いても、

” よかったね。 ” と、言って頂ける状態へと変っていっています。



神様は、私達人間全ての霊的な父です。

そこへ立ち返り、

その教えに従い、

祈り、

恵みを求める。


ただ、そのシンプルな事が、

全てをあるべき普通の状態へと

自然と戻して下さるのです。



           神は、その唯一の独り子をお与えくださるほどに。。

           私達人間を愛して下さっているのです。





                  ✝ 全ては御心のままに ✝

        

          


                                      Sofia Michel YOKO






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✝ 神に感謝 ✝