2022/09/25 | sofiamaranataのブログ
https://ameblo.jp/sofiamaranata/entry-12766215112.html
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若い時
聖人と罪人について
読んだことがあります
私達の中には
自分だけが聖人で
他は罪人であるかのように
振る舞う人がいます
でもその反対もあるということ
つまり自分は不完全で
当たり前ですが
周囲の人は聖人で
なければならない。
したがって
すること
なすこと完全で
私を誤解してはいけない
私に対して
腹を立ててもいけない
私に対していつも笑顔であるべきだ
なぜならあなたは聖人でなのですから
でも私は違う
私は罪人なのだから
大目にみてもらうのがあたりまえ
機嫌の悪い日もあれば人を誤解するのも当然。
私は若いときに
母にとても冷たく
あたることがありました
母も人間ですから
具合の悪る日
熱があるときなど
あるのが当たり前なのに
それが許せなくて
それが許せないまま
父の病院に向かいました
今になって
本当に後悔してます
生来他人を信用できず
心の中で批判したり
避難することが多く
苦しんだものです
そういう生活の中で
出会った一つの言葉がありました
この世の中の人間は
不完全であるということ
人に完全を求めてはいけない
人の不完全のあらわれに
腹を立てるということは
自分の分祭を超えたことだと
しみじみわかってもらわせてもらいました
しかも
不思議なことに
他人を批判したり
非難すると
もっとひどいことを仕出かすのです
自分の思い上がりを
正していく良い機会だと
思いました