八田与一の銅像 | ソフィア・エコ・プラン 社長 「はーさんのブログ」

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薔薇屋のはーさん!Sofia的EcopPanな日々

「体臭をバラの香りに!」の思いから世界初のローズオイルカプセルが誕生しました。
「ローズドリナ」の生みの親 原田博之社長のつれづれブログです。

ビリー・王(ワン)は、台北に住む私の20年来の友人です。


東日本大震災の日本を心配して、社内で集めた20万円の資金を私の口座に振り込みたいとのメールが来ましたが、気持ちだけ有難くいただくと連絡しました。


折り返しメールが入り、日本赤十字の口座に振り込んだ由でした。


私は多生の縁があり、外国人の知人が多いですが、その中にあって台湾の人が親日的なのに何時も感激します。


台湾を植民地としていたオランダ人を1661年に降ろした鄭成功の母親は長崎の武士の娘であり、鄭成功が清に攻められた節、自分が清の捕虜になれば息子が戦いにくかろうと塔から身を投げた話は有名で、台湾で知らない人は居ません。


この話は、日本では歌舞伎になり、国せん爺合戦(コクセンヤガッセン)となっているが、何と言っても台湾の人が忘れ得ない人物とは、嘉南平野の旱魃(かんばつ)解消の為に烏山頭ダムの陣頭指揮をとり、自分も台湾の人と同じように働いた八田与一だと思います。


太平洋戦争末期、八田の銅像が日本軍に供出されそうになった時、農民によって隠し通され、1981年に元の場所に戻されました。


八田与一は、1945年5月五島列島付近で輸送船が沈没して他界。


妻の外代樹は、烏山頭ダムの放水口に身を投げた。


1945年9月のことです。




№379

(2011.4.12)