水木しげる氏の境港と言えば、子供の頃にD51で行った思い出があります。
JR伯備線は、D51の機関車で走る路線ですが、坂が多いため、D51前後2両連結でした。
入道雲のような煙を吐き出すD51の姿は迫力がありました。
まず米子まで行き、乗り換えて境港に着いたように思います。
父は境港に底引き用のトロール船を所有していました。
が何度か境港に通う内に、韓国の警備船に拿捕されたというニュースが入り、船の返却はありませんでした。
日本の領海内であったと船員は言っていましたが、当時の日本政府には、李承晩ラインを否定する信念も押しもありませんでした。
現在の中国との間で問題になっている尖閣列島問題、韓国との竹島問題に対する現在の日本政府の対応は、終戦直後と全く変わっていません。
トロール船は拿捕されて3年後にボロボロになって、やはりボロボロの網と一緒に返却されました。
勿論 国の保障はありませんでした。
国際問題を個人や企業が独自に解決しなさいということでしょうか。