防空壕 | ソフィア・エコ・プラン 社長 「はーさんのブログ」

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薔薇屋のはーさん!Sofia的EcopPanな日々

「体臭をバラの香りに!」の思いから世界初のローズオイルカプセルが誕生しました。
「ローズドリナ」の生みの親 原田博之社長のつれづれブログです。

空襲で、防空壕に避難した人の被害は大きかったように思います。


爆弾の場合は、生き埋めになっても、掘り出してほとんどが助かりましたので、空襲があると本能的に防空壕に逃げ込みました。


しかし、明石は爆弾ではなく、焼夷弾でした。


あっという間に家屋に火が移り、また人々には焼夷弾の油脂が燃えながら降り注ぎました。


私の同級生は、油脂が顔に付き、熱いので手で払いのけようとして手の脂がくっつき、顔の皮膚が溶けて目が閉じられなくなりました。


(成長するにつれて、普通の顔に近く回復していきました。)


漁村の人々は海に逃げました。


又、漁舟で沖に出ましたが、焼玉エンジンでしたので、煙突から火をふきだし、上空からはおそらく砲撃に見えたのかもしれません。


焼夷弾は海岸から町へと北上して降りました。


通常焼夷弾の場合、「倉」は火に耐えられますので焼けずに残りますが、我が家の倉は直撃弾を受け、2つあった倉が消失していました。


焼け残った倉も、生活用品を取り出そうと扉を開けたとたんに、倉の中に新鮮な空気が入り炎え上りました。


倉の内の温度が低下する迄待つべきでした。


父母は、明石からは8㎞程西にある同業網元の家に居ると連絡が入りました。


迎えに来てくれた祖父と三人で夕日の西に向かって歩きました。


垂れ下った電線がショートし、黒い牛が死んで転がっていました。