私は以前「八百万の神」を信じると書きました。
それでいて、私はゾロアスター教(マズダ)、ユダヤ教(ヤハウェー)、キリスト教(ゴッド)、回教(アッラー)の唯一の神をも否定しない不埒千万な日本人です。
特に砂漠で生まれた宗教が全て唯一の神を信じるのはよく理解できます。
八百万の神にオアシスの在り場所を聞いていたらミイラになるのがおちです。
そこで八百万の神を信じる人達は集落毎に社を建てました。
地方分権です。
日本人の多くは氏神様を心の支えににてお参りしますが、体には八百万の神の声が聞けるようにアンテナを張り巡らせています。
日本人の体は本来エコロジカルに作られているのに、最近一神教の都合のよいところだけを取って(神の威を借りて)自分勝手な考えを押し付けている風潮があることは「困ったものだ」というより「空おそろしい」感じがします。
神のお言葉にも時代により流行があります。
どこかの女性党首が言っていました。
「ダメなものはダメ」
言った本人は、この言葉が神の声として聞かれているとは思っていないと思いますが、誰がダメと決めたのか考える必要があります。
通訳しますと、「私がダメと決めたことはダメ」=「神の言葉として言えばダメ」です。
世界的に観て、神のお言葉として歴史を動かした思想にはこんなものもあります。
●民主主義、自由主義が神の声となり、アメリカで赤狩りがありました。ベトナム、イラクとの戦争も神の声からです。
●マルクス・レーニン・マオの言葉も神の声です。
哲学の素人として言えば、宗教は、一神教より多神教の方が平和(神)に近づけるのではないかと思います。
そして最後にもうひとこと、
「神様にはお礼を申し上げるだけにして、お願いはしない」
一神教の神様は御一人ですから特に遠慮する。
多神教の場合は地方分権を推し進め、社は伊勢神宮をまねて小ぶりにする。