昨日45才も年下の某スイス時計メーカーの女性社長さんと久しぶりに再会して雑談しました。
彼女は日本人で26才と言う若さで社長迄上り詰めた芯の強い女性です。
彼女は最近外国で出会う若い日本人から『日本は嫌い』と言われ『じゃあ日本人やめたら』と言いたくなる事が多々あるそうです。
江戸末期から明治初期にかける日本は貧しいながらも、識字率が高く、礼儀正しく、人情にも厚く、犯罪が少なく安全と評価され、家の前には草花が植えられ樹木は神とまで崇められて、その自然を愛でる心情は欧米以上と欧米人の日本滞在記に書かれています。
こんな日本は平成の現在には残っていないのでしょうか?
残っていないから日本嫌いなのか、残っているからその文化の押し付けが嫌いなのかと難しい難問を投げかけられました。
日本人は、八百萬の神の目とご近所様の目を気にして自分を律する傾向が有ると言われ、自分の意見が無いとも言われます。
この事だけを捉えますと不可解で信用できないのが日本人と言う結論になります。
日本と日本人をこよなく愛したラフカディオ•ハーン(小泉八雲)
がこんなすれ違いの話を書き留めています。
アメリカ人の婦人が日本人のお手伝いさんを雇っていました。
そのお手伝いさんは有能でとても優しく婦人のお気に入りでした。
そのお手伝いさんの夫が突然急逝しました。
アメリカ人の婦人は、お手伝いさんがさぞ気落ちして打ち拉がれている事だろうと心配しておりました。
ところが、そのお手伝いさんがいつもと同じ様にニコニコして仕事をしている姿をアメリカ人の婦人が見て、なんと薄情な女だ!今迄の彼女は見せかけだったのか?とハーンに言ったそうです。
ラフカディオ•ハーン(小泉八雲)は、婦人にお手伝いさんは他人に心配を掛けない様に普段通りの行動をしており、誰もいない所では胸の張り裂けるような思いで涙を流しているのだろうと思い至っています。
こんな2つの社会が即ち率直な社会と気配りの必要な社会のどちらが好きか嫌いかと問われたらなにを回答しましょうか!
某スイス時計メーカーの社長である彼女はイギリス留学が長く、日本文化から離れイギリス文化に同化した後、冷静な気持ちで自分を包み込んでくれる日本文化と社会を見直している様子でした。
『日本嫌い』と思っている外国暮らしの若者達を最終的に受け入れてくれる文化と社会は何処にあるのでしょう。。。。。。。。。。