今日はわたしの長男のお誕生日(#^.^#)。

中学校生活が始まって、新しい出会いがあって
楽しく過ごしているといいな。

会えないけど、直接おめでとうは言えないけど
わたしが産んだ子、大好きで愛してるっていうのは変わらないから。

お誕生日おめでとう*\(^o^)/*。
生まれてきてくれて、ありがとう♡。
小保方晴子さんのSTAP細胞の論文の件でワイドショーはもちきりだった。

信用できるとかできないとか、ファッションがどうとか…
みんな、言いたいこと言って、意見はさまざま。

でも、小保方さんは「STAP細胞は あります。」って言い切ってた。
わたしは会見を見ていて彼女はカッコイイなぁ!って思いました。

人間が遺伝子操作をしたりすることには
わたしは基本的には賛成じゃないけど

彼女は彼女の信念を持ってて
誰に何を言われても 意地悪な質問をされても
吊るし上げられて 魔女裁判みたいなことされても
自分の信念を貫いて曲げないところが
すごく素敵だと思いました。

あとは、STAP細胞が第三者にも再現できさえすれば、
誰にも何にも言われないもんね!
晴子さん、頑張ってね! 応援しています*\(^o^)/*。

わたしの信念で言えば。
「マインドパワーは 本当にあります。」
宗教まがいと言われようが。

UFOも宇宙人もいると思うし、天使や霊やもちろん神様も
存在すると思います。
誰に何と言われようと、わたしのその信念は変わりません。

わたしの信念は変わらないけど、
誰かに自分の価値観を押し付けようとは思わない。
そういう点では、わたしはちょっと変わったかな。
わたしは小学6年生まで大阪に住んでいました。
大阪では、阪神タイガースファンの人がたくさんいて、
タイガースファンだっていうだけでお友達になることもできるくらい
すごく強力な必殺アイテムでした。

それで、わたしが小学生の頃、
特に大人の男の人の中には
阪神タイガースが勝つと一日中機嫌が良くて
阪神タイガースが負けると一日中機嫌が悪くなる、と
自分でも言ってて 他人からも そう思われている人がいました。

たとえばその人の前でうっかりお水をこぼしてその人にお水をかけちゃっても
阪神タイガースが勝った日なら、笑って許してくれても
阪神タイガースが負けた日は、怒られちゃう…みたいな。

同じ現象が起きたとしても その人のその時の機嫌によって
相手に対する対応が変わる、ってことです(#^.^#)。

もしうっかりお水をこぼしてその人にお水をかけちゃったら、
「すみません。」とか、「ごめんなさい。」って
あやまることはもちろん大事だとおもいます。

それでもやたらに相手が怒っている場合は
相手の人の機嫌が何か違う理由でたまたま悪いだけで、
怒りの感情、ストレス発散の方向を
目の前の弱いものに向けて理不尽にぶつけているだけだから、
それで自分が必要以上に傷つく必要はないわけです。
今思うとね。

でも、子どもの頃はそういう理不尽なこと、いっぱいあったなぁ~。
大人になった今でも、あるかもしれないけど(#^.^#)。

忍法受け流しの術をおぼえてからは、あんまり気にならなくなっちゃった!

悩みとか怒りとか妬みとか不安っていうのは
お風呂の排水口とか台所のシンクにたまる
髪の毛とか生ゴミみたいなものだと思っていて、

それを見て見ぬ振りして 汚いから触りたくないって放っておいたら
えらいことになっちゃうのと同じで、
できるだけこまめに捨ててお掃除したらいつも快適♡。

それとおなじことだと わたしは思っています(#^.^#)。

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「条件文に対する主観確率判断過程のロジスティック回帰モデル
-- 最尤法による意味的相互作用の分類 --」

学生時代の同期の人がやっている研究の論文のタイトル。

意味わかる?
わたし、全然意味わかんない。
その当時は、意味わかるようなふりしていたんだよね、わたし。

意味わかんないことが意味わかんないって
言えるようになってよかった(#^.^#)。

全く無意味ですよ、こんな研究。
わたしにとってはね。

高校時代、進学校にいたから
大学教授になるとか総理大臣になるとか野望を抱いている人はいっぱいいたけど
それがカッコイイな~って思ってたけど。

二十年経って会った時には、見るも無残な感じになっていた。。。
憧れのあの人が…幻滅。

そこまでして肩書きにこだわりたいのかな~。

あのときあんなにとんがってカッコよかったのに…。
今はすっかり薄くなっちゃって、太っちゃって。
あなたが一番嫌っていた「オッサン」になっちゃってるよ。

人は変わるからね、仕方ないよ。

でも、他の人が認めたからって、わたしは認めないよ。
難しいこと言ってるふりして、ごまかしてるだけじゃん。
難しいことをわかりやすく言うのがすぐれた先生でしょ?

誰に言うでも無い、独り言。
わたしは、女の人は戦うべきじゃないと思っています。
べきじゃない、というか、戦う必要がない、っていう方が合っているのかもしれないです。

~ べき、とか、~ねば、っていう言葉も
関節が固まりそうで、血液が濃くなりそうで好きじゃないです。

どうして女の人が戦わないほうがいいと思うかというと、
やっぱり男の人と脳みそや体の仕組みが違うからかなぁ?
オスとメスの違い。おしべとめしべの違い。みたいな。

自分自身、二十代までは闘うことに慣れていて
肉体的・頭脳的に男の人と対等にやりあうことがカッコイイって思って
そこに活路を見出して 認められていた時期もあったけど。
だからこそ、限界を感じてそう思う。

だからといって、女の人は家庭的でありなさい。
掃除洗濯家事育児を完璧にできるようになりなさい。
っていう意見でもないんだけど…。

男の人はどうしても闘いたくなるのが本能らしいから、
女の人はそういうの関係なく自分が美しくいるためにエネルギーを注いで、

男の人が勝って帰ってきたら、おめでとう~よかったね♡。
って迎えてあげて、
負けて帰ってきたら、残念だったね~、よしよし。
ちょっと休憩して、次いってみよ~♪。
って、充電させてあげて、また送り出す。みたいな感じ?

車でいえば、男の人は車体で、女の人はガソリンとかエンジン。
携帯電話で言えば、男の人は端末で女の人は電源。バッテリー。
人間で言えば、男の人は脳で、女の人は心臓。みたいな。

どっちかだけでは、ありえない。
地味で目立たないほうは、派手で変化に富むほうに憧れるけど、
派手で変化に富むほうは、実は地味で目立たないものに支えられて成り立っている。

葉っぱと根っことお花の関係。
男の人がお花なのか葉っぱなのか根っこなのかわからないけど、
そういうのに当てはまらないのかもしれないけど、

みんなそれぞれの役割がある。
ただ、お花は葉っぱや根っこがない限り咲くことはできないし、
葉っぱや根っこより寿命が短いことは確かなこと。
そして、お花は次の世代のために種を実につけるために存在しているんだもんね。

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ときどき理解できないことを言うんだ。
わたしの大好きなあの人は…。

でも大丈夫。
わたしだってきっとときどき
あの人に理解できないことを言っているはずだから。

だから、お互いさま♡。

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わたしは、ポトスの葉っぱが大好きです♡。
ポトスちゃんと、よくお話をしています(#^.^#)。

ポトスちゃんは、すごく元気で丈夫で強いんです。
お水をあげたらシャキーンとして、ツヤツヤになるよ。
一回り大きな鉢に植え替えたら、
イヤッホーイ*\(^o^)/*って、グングン伸びてくるよ。

葉っぱをちょん切って、グラスに生けたら
葉っぱからナント根っこが生えてくるよ。

葉っぱを切られた本体?のほうは
「そこが切られたならこっちから芽を出すもんね~♪」
って、手前の葉っぱから新しい芽を出すよ。

葉っぱは、白い模様がついてて、
どれ一つとして全く同じ模様や大きさや形はないよ。
しかも、右に伸びた葉っぱの次は、必ず左に葉っぱが伸びて
しっかり光を受け止めるために重ならないようにするためか
自然とそうなってる。

誰に教えられるわけでも、
命令されるわけでもなく…。

植物って不思議だよなぁ~面白いなぁ~。

んでも、人間だってきっとおんなじだよね!
ポトスの葉っぱの模様や形みたいに、
誰一人おんなじ人なんていない。

どこかでちょん切られたとしても、
また新しい芽を出せる。
そして、みんな光を受け取るために違う角度から上を向いている。
そして、根っこでは、みんなつながっている。

葉っぱには、
正しい葉っぱとか、間違っている葉っぱなんてないよ。
ちょっと模様や大きさが違うだけだもんね♪。

…と、ポトスちゃん見てたら
ポトスちゃんからのメッセージが聞こえてきました(#^.^#)。

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こないだたまたま読んだ雑誌で、
紀里谷和明さんの記事が目に入りました。
オーガニックとか自然とか食事や健康についてたくさん書いてある雑誌だったんだけど、

紀里谷和明さんは
「自分にとって大切なことは三つくらいに絞るようにしている。
自分にとっては、映画、セックス、バイク。
それ以外はどうでもいい。捨てている。」
…みたいなことをおっしゃっていました。

ドッヒャー。
この雑誌のインタビューで、そういうこと言っちゃうんだ。
この雑誌のコンセプトを真っ向から否定しちゃうようなこと、
平気で言っちゃうんだ!(◎_◎;)。

そして、そんなインタビュー記事を載せちゃうこの雑誌の懐の深さに脱帽しました。

…そうだよね~。
食事も大事、仕事も大事、趣味も大事、家庭も大事、運動も健康も経済も近所づきあいも友達づきあいも大事…etc.って
もちろんどれも大事だけど、全部いわゆる世間一般のスタンダード(?)になるように
完璧にしようとしたら気を使うことがありすぎて
頭が頭痛になりそう…。わたしの場合f^_^;。

紀里谷和明さん、好きな人と嫌いな人 すごく分かれそうだけど
わたしは好きだなぁ~と、この記事を読んで思いました。

わたしにとって大切なこと三つ。
なんだろうなぁ~?
考えよう(#^.^#)。
目に見えないものの存在を感じている人のパターンは
色々あるらしいです。

1・先祖代々シャーマンの家系の人。

2・大病を患って死にかけて、なぜか奇跡的に回復した人。

3・大災害や大事故に巻き込まれても、なぜか奇跡的に生き残った人。

4・なんかの拍子でその存在を知った人。

5・先天的に目が見えない人。

6・こども。

…他にもまだあるかもしれないけど、

誰だって、絶体絶命のピンチに遭遇したことはあると思う。
あの日あの時あの場所にいたら死んでいたかも。
って思うことは、誰にでもあると思う。

なんの罪もない人が、突然の事故や災害に巻き込まれるのはなんで?
善良な市民が、老若男女関係なく無差別に犠牲になってしまうのはどうして?
なんでこんな理不尽なことがあるんだろう?って思うことがある。

犯罪の犠牲になったり、戦争や災害や病気や事故や…
何かの理由で大切な人を失った人の心の痛みは、
言葉では言い表すことができないものだと思う。

そして、残された人の心にぽっかり穴が空いたみたいになった時に
何かのメッセージが入ってくることがあるのかもしれない。

どうしてあの人は亡くなってしまったんだろう。
わたしが今、ここに残されて生きている意味は何なんだろう?
わたしがあの人のためにできることは何なんだろう?

犯人や戦争や自然やそういう原因を憎んで、恨んで、仕返し、倍返しをすることも
できるかもしれない。
何もできなくなって、自分も病んでしまうかもしれない。
あるいは、もうそんなことが起こらないように、何か解決が出来る方法を見つけようと
自分が動き出すことも出来るかもしれない。

目に見えないものの存在は、
自分が動き出そう、って決めた時に感じやすいのだとわたしは思っています。

目に見えないものなんてアヤシイ!胡散臭い。
きっと霊感商法みたいなもので詐欺で大金を巻き上げられて身を滅ぼすに違いない。
って思いっきり拒否反応を持っていてアレルギーだったわたしですら、
変わることができたんだから、きっと誰でも変われるんだと思います。

中にはあやしくて胡散臭くて
本当に詐欺みたいなものもあるのかもしれない。
わたしは幸運にもそういうのにはあたったことはないけど。

ただ、それはどこの世界にだってあること。
目に見える世界にだってあること。

この予備校に入れば絶対に希望校に合格するなんてもんじゃないし、
この株を買えば絶対に儲かるなんてものはないのと同じじゃないかと思う。

親にお金払ってもらって学校に入って、
黙って座ってボーっとしてれば勝手に頭が良くなる、なんてことはない。
それと同じことじゃないかなって思います。
辛酸なめ子さんの「霊的探訪」
木村藤子さんの「『気づき』の幸せ」を読みました。

わたしは自分が習った気功とか、女神塾とか自然治癒力学校や
いくつか単発の講演会くらいしか知らなかったけど
もちろんそこは十分に素晴らしくて大好きなんだけど

世の中にはまだまだすごくたくさんの「見える人」とか
「エネルギーを大きくしたり変えちゃったりする人」がいるんだな~と
なんだか自分の視野の狭さ、小ささをつくづく感じてちょっと落ち込みました。

辛酸なめ子さんは、広く浅く パワースポットや色んなヒーラーさん、ヒーリング方法で自分が直接体験したことを どっぷりハマり切らないお試し感覚で書いているのが参考になりました。

木村藤子さんは、ひたすら一つの道をきわめていらっしゃる間にも
自分や家族の病気や死を経験しても乗り越えて行ったり
相談に来る人や近所の人から捨て台詞や中傷をされたりしたこともあったと綴っていらっしゃいました。

世の中にはまだまだわたしの知らない素敵な人がいっぱいいて
色んな「見えないもの」を感じる方法があって
それを実践している人に対して批判的だったり攻撃したりする人は
どこにでもいるんだな~ってわかりました。

ちょっと批判されてへこんでるようじゃ、
わたしはまだまだ甘いね!