わたしは昔、学校の先生を5年間していたことがありました。
その頃、教職員組合のスタディーツアーに応募して当選して、
タイとラオスの国境の村に一週間くらいホームステイをさせてもらったことが
ありました。
そのとき感じたことは、
電話も水道も電気もガスもろくに通っていない
高床式のパーパーな風通しの良いお家にみんなのんびり暮らしてて、
犬や鶏も放し飼い。
学校の教科書も一人一冊は無いから、みんなで共同で使ってて
文房具も共同だったかな?
なんだか日本と比べたら、こんなのでいいのかな?
っていうくらい アバウトでシンプルなんだけど、
そこにいる人たちはとても穏やかでにこやかで、
わたしに少し時間をもらって黒板の前で自己紹介をさせてもらったとき、
すっごくキラキラした目で言葉の通じないわたしのことを見てくれました。
夜は、村中の人が集まって、飲めや歌えの大宴会。
歓迎の印の木綿の糸束を、たくさんの人が手首や足首に結んでくれました。
日本に帰ってからも、その糸束をしばらくつけていたんだけど、
校長先生に、見苦しいからとりなさい。って言われて外したけど。
なんだか最近、その頃のことをよく思い出します。
もう15年くらい前のことなんだけど。
どうして、あそこの人たちは穏やかで目がキラキラしていたんだろう…。
半年前、わたしはアルバイトで塾の先生をしていました。
そこで会う子どもたちは、中にはタイの子どもたちみたいに
キラキラした目の子もいたけど、
ぼーっとして、死んでるみたいに虚ろな目をしている子もいました。
そんな子と一緒にテキストの問題に取りかかるとき、とてもやりづらかった。
何を言ってもその子の中に入っていかないから。
色々悩んだ末、わたしは塾のアルバイトを辞めました。
タマコ先生が一番好き!って言ってくれて、慕ってくれる子もいたけど
その子には申し訳ないと思ったけど、自分が辛くなって辞めました。
その子はもうすぐ受験できっと大丈夫だと思ったこともあるから。
何人かの子と接しているうちに、
目が虚ろで死んだようになっている子達は、すごく辛いんだろうな…。
と感じました。
なんとかしてあげたいけど、1人ひとりに直接わたしが個人的に接することは
禁止されていたので、(そういう方針の塾だったので)
わたしの力不足で、限界を感じて、これ以上続けたら
自分の体調が悪くなると思ったので、負けを認めました。
あの突き刺さるような痺れるようなエネルギーはどうしてなんだろう。
こんなに環境が整っていて、学ぼうと思えばいくらでもある、
恵まれている環境なのに、どうして目の前の、まわりにあふれる宝物に
気づかないんだろう…。
個人的なことだけじゃなく、全体として、そんな空気が多いと感じました。
なんだかね、学校だけじゃなくて、日本の社会もそうなのかな、って思うと
どんよりしてしまう。
一方では、タイの子どもたちみたいに、キラキラした目の大人も
たくさんいることも、わたしは知っている。だから、安心してる。
きっとそういうキラキラした人がどんどん増えてって、
オセロみたいにひっくり返って
みんなが幸せな時代がもうすぐ来そう。って思っています。
大人が変われば、子どもも変わるよね、きっと…(#^.^#)。
その頃、教職員組合のスタディーツアーに応募して当選して、
タイとラオスの国境の村に一週間くらいホームステイをさせてもらったことが
ありました。
そのとき感じたことは、
電話も水道も電気もガスもろくに通っていない
高床式のパーパーな風通しの良いお家にみんなのんびり暮らしてて、
犬や鶏も放し飼い。
学校の教科書も一人一冊は無いから、みんなで共同で使ってて
文房具も共同だったかな?
なんだか日本と比べたら、こんなのでいいのかな?
っていうくらい アバウトでシンプルなんだけど、
そこにいる人たちはとても穏やかでにこやかで、
わたしに少し時間をもらって黒板の前で自己紹介をさせてもらったとき、
すっごくキラキラした目で言葉の通じないわたしのことを見てくれました。
夜は、村中の人が集まって、飲めや歌えの大宴会。
歓迎の印の木綿の糸束を、たくさんの人が手首や足首に結んでくれました。
日本に帰ってからも、その糸束をしばらくつけていたんだけど、
校長先生に、見苦しいからとりなさい。って言われて外したけど。
なんだか最近、その頃のことをよく思い出します。
もう15年くらい前のことなんだけど。
どうして、あそこの人たちは穏やかで目がキラキラしていたんだろう…。
半年前、わたしはアルバイトで塾の先生をしていました。
そこで会う子どもたちは、中にはタイの子どもたちみたいに
キラキラした目の子もいたけど、
ぼーっとして、死んでるみたいに虚ろな目をしている子もいました。
そんな子と一緒にテキストの問題に取りかかるとき、とてもやりづらかった。
何を言ってもその子の中に入っていかないから。
色々悩んだ末、わたしは塾のアルバイトを辞めました。
タマコ先生が一番好き!って言ってくれて、慕ってくれる子もいたけど
その子には申し訳ないと思ったけど、自分が辛くなって辞めました。
その子はもうすぐ受験できっと大丈夫だと思ったこともあるから。
何人かの子と接しているうちに、
目が虚ろで死んだようになっている子達は、すごく辛いんだろうな…。
と感じました。
なんとかしてあげたいけど、1人ひとりに直接わたしが個人的に接することは
禁止されていたので、(そういう方針の塾だったので)
わたしの力不足で、限界を感じて、これ以上続けたら
自分の体調が悪くなると思ったので、負けを認めました。
あの突き刺さるような痺れるようなエネルギーはどうしてなんだろう。
こんなに環境が整っていて、学ぼうと思えばいくらでもある、
恵まれている環境なのに、どうして目の前の、まわりにあふれる宝物に
気づかないんだろう…。
個人的なことだけじゃなく、全体として、そんな空気が多いと感じました。
なんだかね、学校だけじゃなくて、日本の社会もそうなのかな、って思うと
どんよりしてしまう。
一方では、タイの子どもたちみたいに、キラキラした目の大人も
たくさんいることも、わたしは知っている。だから、安心してる。
きっとそういうキラキラした人がどんどん増えてって、
オセロみたいにひっくり返って
みんなが幸せな時代がもうすぐ来そう。って思っています。
大人が変われば、子どもも変わるよね、きっと…(#^.^#)。