目に見えるもの、形があるものを作って、売る時代は終わったと思っていました。

自動車も、家も、エンピツも、コップも、洋服も

お金で買える形のあるものは、ありすぎるくらいあると感じていたから。

それで、見えないもの、形のないもので 生活していきたいと思うようになりました。

それで、その世界に足を踏み入れたら、そっちももう充分に素晴らしい人がいっぱいいました。

その、見えないものの世界で活躍されている 尊敬する方がおっしゃったことは

「みんながみんな、ヒーラーになっちゃったら、誰が野菜を作ったり、お魚をとったりするの?」

…それもそうだと思いました。

だからわたしは、見えないもの、形がないものを感じることができるようになった経験を生かして、目に見える 形があるものの中で生きていく生活をすることに決めました。

そうしたら、人の色んな感情が渦巻いていることをビンビン感じるけど、

それにかなり左右されなくなりました。

人とぶつかっても、ぶつかられても、
足を踏んづけられても、踏んづけても、

なんだお前は!って怒る人もいれば、笑顔でいいよ~って許してくれる人もいる。

ぶつかることや、踏んづけることは仕方がないこと。

その時、自分がごめんなさいって謝れるかどうか、
言い訳をするかどうか、
相手がゆるしてくれるかどうかは

自分と相手の心の相性次第なのかな。

心が広くて、満たされているひとは、あんまり怒らないし

心が狭くなっちゃって、ガソリン切れの人は
ちょっとしたことでいちいち傷ついたり怒ったりするような気がする。

同じ現象を体験しても、いろんな感じ方があるんだなーって
すごく思う。