私は17年間両親、義両親の介護をしてきました。

その介護についての記録を残しておきたいと思います

 

 

 実父の介護について

 

まずは父のことを記したいと思います

 

父は肺がんを患っていました

1度目は61歳の時に手術し、余命宣告をされたものの驚異的な回復を見せ、10年以上現役として仕事をしておりましたびっくり

 

2度目の肺がんが発見されたとき、場所が悪く(心臓に接していた)すべてのがん細胞を取り除けず、その後は弱っていくばかりでしたショボーン

 

大変だったのは、父が医療関係者だったため、いろんなことを調べたり聞いて回ったりし、入院をかたくなに拒否するようになったことでしたもやもや

 

最初の手術後、ずっと飲み続けていた薬の副作用により、肺繊維症になっていたため、呼吸もままならず、酸素マスクが必要で、自宅にも大きな機械も備え付けられましたガーン

 

実家は年老いた両親二人暮らし、そのころ母は初期の認知症で家事もままならない

毎日仕事終わりに迎えに行き、車いすに乗せ車まで押していき、重たい車いすを車に積んで家に連れていく

うちのマンションについたら車いすを降ろしてエレベーターに乗り、部屋に連れていき…ガーン

そんなことを毎日繰り返していました

 

 

母が自分だけでは父に何かが起きても不安だからと入院を勧めましたが、一度入院したら戻れないからと、父は断固拒否

 

 

とはいえ、ある日肺気胸になり入院

その後がまた大変

毎日必ず病院に顔を見せに行かないと父は納得しないのです

 

仕事は時短させてもらい、1時間早く切り上げ、母と妹と3人で病院へ行く毎日🚘

父が夕食を食べ終わるのを見届けて帰宅

母に食事を食べさせて、実家に送り届け、家で自分の家族の食事の支度をして…

 

土日も朝1番から夜の面会の最終時間までいなければならず大変でした

 

あまりに疲れしまい、午後から出かけようのんびりしていたある日曜日、朝一番に父から電話が入りました

「親戚が見舞いに来ている。今すぐ来いムキー

 

1時間かかるんです、病院まで

でも一度言い出したら聞かない

化粧もせずに向かいました

それが気に入らなかったようで、来るなら身なりを整えてくるようにと叱られる始末です悲しい

 

こんな日々が1年近く続くと、心がすさんできます

考えてはいけないようなことが、頭に浮かびました

 

この人何故こんなに生きていたいの?

私たちを苦しめたいからなの?

解放してほしい…

 

こんな風に思ったことを、亡くなった後何年も引きづりました

なんて親不孝な事を思ってしまったのだろうかと

 

今、同じ境遇で同じように悩んでいらっしゃる方がいたら、私はこんな風に声をかけたいと思います

 

あなたは悪くない

それだけ真剣に向き合い、頑張ってきた証

苦しかったんだよ

それはね、本心ではないはず

だって後悔しているでしょ

 

本当に大変な毎日でした

でも今は後悔はしていません、頑張りましたから

 

父の通夜には若い学生たちが後を絶ちませんでした

次から次へと泣きながらやってきました

 

「毎朝1番に校門にたって挨拶してくれた

 就職のことも親身に考えてくれて感謝しています

 こんな先生他にはいません!!」

 

学生さんたちは、そんな風に言ってくださいました

驚くほどの参列者が集ってくださった葬儀

私が知らない働く父はこんなにすごい人だったのかと

誇りに思いました流れ星

 

どれだけ頑張ってもキリがないのが介護だと思います

正解なんてありません

ただ、無理はダメですね

父がどんなに駄々をこねても、もう少し母の事、妹の事、自分の家族のことを考えるべきだったと反省しています