☆私の子育て体験談☆「親子の絆」 | ☆ソフィア・エムートの部屋☆

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私達は人間としての体験を
味わう為にここ(地球)に来た素晴らしい魂です。

本当の自分を思い出す事で、
自分の無限力に目覚めていきます。

魂の仲間として色々と分かち合いたいと思います❣️

子育て中の人に少しは参考になるかと思うので私の体験談をちょっと書くね~😊

私は経済的にも苦しい状況の中で出産したので、病院を退院してすぐに前夫の仕事の手伝い、病人3人の介護に復帰した。

姑はガンの末期だった為、私は夜中でも朝方でも3~4時間おきに姑を車に乗せてモルヒネを打ちに病院に連れて行かなければならない状態で、長女の夜泣きと3時間おきのミルクもあったので、ほとんど寝る時間がなかった。😩😫

そんな事を続けていたら病気にならない訳もなくて、色々なストレスも重なって私は軽い育児ノイローゼになった。😨

長い期間 眠くても寝れなかったせいで、自律神経はまともに機能しなくなった。💦

それに輪をかけて初めての子供と言う事もあって、育児書を読んだり友達の話を聞いたり色々と知識だけはあったので神経質になって小さな事でもピリピリしていた。

母が私が忙しいので代わりにミルクを作ってくれた時も、お湯が1メモリ多かったと言って母に文句を言う位私は神経質でおかしくなっていた。

何でもないのに涙が出る。

ちょっとの事でも悲しくなったり、イライラして怒りっぽくなって自分でもその感情をコントロールできなくなっていた。

あまりにもその症状がひどくて、このままいったら頭がおかしくなってしまうかも?と思う位思いつめていた。💧

姑の看病、義祖父母の介護、仕事、家事、金策…育児、無理に決まっている事をしていた。
…>_<…

家の中は病人だらけ、夫はDV…相談する人もいなかったので、産婦人科の先生にやっとの思いで相談に行った。

「ああ、マタニティブルーだよ。大丈夫! 頑張り過ぎるとみんなそうなっちゃうから!
もっと、力を抜いて自分だけで何とかしようと思わないで、できない時は誰かに助けてもらいなよ。」と言われ、なぜかホッとした事を覚えている。

(あ~ 良かった! マタニティブルーなのか、それなら治る! 大丈夫だ!」病名?を聞いたら不思議に安心して元気になった。(笑)

私は完璧主義だったから、何でも育児書通りにやらないと気が済まなかった。😅

育児書通りにできる訳もないのに、なぜか必死で頑張っていた。

私は多くのストレスから肉体的にも精神的にも色々な病気になっていたので、これ以上は無理だ!とやっと気づいた。

子育ても母に時々来て手伝ってもらった。

子育て以外のストレスはひどかったけど、何とか切り抜け、4年後に次女が生まれた。

次女の時も経済状態は相変わらずひどかったけど、二人目だったから、育児も手抜きに手抜きを重ね、掃除も「ホコリでは死なないな~」と言うレベルにまで気にしないようになった。(笑)

その代わりに子供二人を連れてヤクザの取り立てや借金の返済の対応に駆けずり回る毎日だった。

でも、夫が蒸発した後は家も無くなり大変な状態だったけど、私と娘二人の絆は深くなった。

まだ6才の長女と2才の次女を保育園に預けて、夜は託児所に預けて仕事をしていたので、娘達と一緒にいる時間は夜の仕事が終わって託児所に迎えに行く夜中の2時~朝の6時半頃(寝ているから何も話せない💦)と、私の昼間の仕事が終わる6時半~託児所に行くまでの2時間しかない。

毎日2時間位しかまともに一緒にいてあげられなかったから、二人共本当は淋しかったと思う。

でも、子供なりに一生懸命私の仕事の邪魔をしないように我慢してくれた。😭😂

私は子供達が母親を必要としている一番大切な時期に夫が置いて行った借金の返済と生活に追われて子供達にろくな事もしてあげられなかった。

ただ、私が必ずした事は、どんなに寝不足でも朝ご飯は作ること。

お弁当も買い弁や菓子パンは絶対しないでお弁当はちゃんと作ること。

参観日や運動会は必ず行くこと。

そして、

「ママは何処にいて何をしている時でも、◯◯◯と◯◯◯の事をいつも想っているからね!
何処にいてもいつも一緒だからね! 何があっても必ず守るから!」

そう 毎日、毎日、朝も夜も言い聞かせていた。

最初の頃 まだ2才の次女は託児所に預ける時は泣きながら私の後を追いかけて来たので、私も泣きそうになりながら娘達を置いて仕事に出掛けた。💧💧

託児所にいる間も、次女は「ママ~ ママ~」と泣いて他の子供達がうるさくて眠れなくなってしまうので、6才の長女が2才の次女を寒いのに外に出て「ママはもう迎えに来てくれるから泣くんじゃないの。」と何時間も妹を抱っこして面倒をみてくれた。(T_T)


そんな最悪な環境で育てたのにもかかわらず、子供達は文句も言わずに私を助けてくれた。


長女が大学に入学する直前にかなり遅い反抗期になった。


今まで我慢してきた鬱憤が大爆発して、私と大バトルになった。


ずっと、小さい頃から私に心配をかけないように優等生で妹の面倒も見てきた長女は、ブチ切れた!💢💢


大喧嘩したまま、東京の大学に行ってしまったので私は本当に淋しかった。😓


今までどんなに辛くても娘達がいたから頑張れた。


いつも3人で色々と試練を乗り越えて来た絆がプツンと切れてしまったようで悲しかった。😢


でも、長女には長女の人生があるんだし、自立して離れて行ったんだから子離れしなくちゃいけないな~ と落ち込みながら何とか仕事をしていたある日、



宅急便が届いた!




長女からだった。


中にはある歌手のCDとフォトフレームが…。



何だろう?と想ってCDをかけてみると、


「今まで育ててくれてありがとう。

あんたの大きさに気づかずにワガママばかり言ってごめん。

寝不足なのにいつも起こしてくれてありがとう。

弁当作ってくれてありがとう。…

育ててくれて本当にありがとう…」(多分そんな歌詞)



その日は私の誕生日だった。



喧嘩して東京に行っちゃってたけど、ちゃんと私の事を想ってくれていた。

そう、思うと涙が止まらなかった。😭😭



喧嘩したって何をしたって親子なんだよね!


できの悪い親でも子供はちゃんとまともに育ってくれた。


大切な事は、見かけだけの何かじゃなくて、形じゃなくて、

上手くできなくても、何でもいいから、どれだけ子供を愛しているのか?それが子供にしっかりと伝わっているかどうかなんだよね。


料理はマズイよりは上手い方がいいけど、私みたいに大した料理ができない母親でも、子供達は文句を言わずに喜んで食べてくれた。


働いてばかりで家にあまりいないし、淋しい思いをたくさんさせたのに子供達はそれでも私を好きだと言ってくれた。


食べさせてくれる旦那がいて、働かなくても子供の側にいられる母親はそれだけでも幸せじゃないのかな~☺️


私は自分が苦労したからって、人も同じように苦労した方がいいなんて思わないけど、もし、子供と一緒にいる時間が十分にあるなら、少しは感謝した方がいいね。😊


そして、料理が下手でも、掃除が下手でも、そんな事は大した問題じゃないの。


お金とか物とかそう言う事を与える事でもなくて、



ダメな所があっても、弱い所があってもいいから、


ありのままの自分でいいから、


一緒懸命に子供を愛している事を素直に言葉に出して、行動に出していく事だと思うんだよね~


育児書通りには育てられないし、こうじゃなければいけないと言う事もない。

何をしても、どんな育て方でも子供が母親の愛情を感じて安心していられるなら(絆があれば)それでいいんだよね~ (#^.^#)/









かさこ塾祭りのかさこさんと私のトークライブの動画UPしました!
会場に来れなかった方は是非、ご覧下さい !😊🍀





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