*大災害というものは、人をあるがままの現実に目覚めさせる。
現実は常に壊れやすいものだ。誰もが常に危険にさらされている。
来るべき日々に対して、将来に対して、夢を見続け、
だから、大災害の時というのは、非常に啓示的なものだ。
それはただ、あるがままの世界に気づかせるだけだ。
それを理解すれば、目覚めも起こりえる。
*この瞬間をどう使うかは、その人次第だ。
*この瞬間をどう使うかは、その人次第だ。
。恐怖にしびれ、涙にくれることもできる。
だがそれでは、自分の家族にも、自分の友達にも、或いは自分の愛する者にも、何の役にも立ちはしない。
だがそれでは、自分の家族にも、自分の友達にも、
*この災害(ロシア)は、
彼らはただ無力なのだ。
同じ災害がアメリカにも起こり得るし、ドイツでも起こり得る。
*だが、人間はこれを大いなるときとして用いることもできる。
*だが、人間はこれを大いなるときとして用いることもできる。
「誰がために鐘は鳴る、と尋ねることなかれ。そは、常に汝がために鳴るものなり。」と。
誰かが死ぬと、教会の鐘が鳴って、村中にそれを知らせる。
だが決して、その鐘が誰のために鳴っているのかを聞きに人をやってはいけない。
だが決して、
その鐘は常に、汝のために鳴っているのだ。というのだ。
たった今死んだのが誰だとしても、その死はすべて自分の死だ。なぜなら人の死はすべて自分は永久にここにいるのではないということを思い出す縁(よすが)だからだ。人の死はすべて、目を覚ますための機会だ。
死がやって来る前に、死を超えたものを達成するために、生の機会を使いなさい。
たった今死んだのが誰だとしても、その死はすべて自分の死だ。
死がやって来る前に、死を超えたものを達成するために、
心配しても仕方がない。
それはただ、今日危険な目に合うものもあれば、明日危険な目に合うものもあるだろう、が、いずれにせよ危険はある。
としたら、その危険の超越の秘法を学ぶのだ。
としたら、その危険の超越の秘法を学ぶのだ。
そうすれば自分の中に、死の手を触れることのできないものを見つけることができる。
そしてもしあなた達が自分の友人、家族を助けたいと思うなら、
*今度起こったことは、これから何度も何度も起こることになる。
災害は起こらずにはいられない。
これはほんの始まりに過ぎない。
目を覚ますためにこの機会を使いなさい。
目を覚ますためにこの機会を使いなさい。
OSHO(「目を覚ますためにこの機会を使いなさい」より)
☆災害が起こるから・・とか恐れにフォーカスしないで毎日を全身全霊で生きたいね!
何があろうと、『目を覚ますためにこの機会を使う!』と決めればすべてがチャンス、すべてが宝物になるよ
