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昼間の定位置にやってきた太陽が、ひび割れの残る市役所の屋上を照らす。

もう今から宿に戻っても寝る時間なんてないから今日はこのままボランティアだな。

でもそれでいいじゃないか。

「ごめんな、こんな話に、まさか朝まで付き合わせてしまうなんて。申し訳ない。」

いつものおいちゃんが戻ってきた。いつもこうやってすぐに謝る。僕はおいちゃんとの会話を楽しんでいるのに。だから、いつも思っているけれど、その時も心の底から伝える。

「おいちゃんと飲むのが楽しいんだ。」

「ありがとう。」

もう湯呑みに注ぐ酒は無くなったのに、不思議と酔いは感じていない。それはおいちゃんも同じだった。

「それからコウタ君はどうしたの?」

「6月にはミカコさんが見つけてきた仙台の専門学校に編入という形で入れてもらった。まだ2ヶ月だけど楽しくやっているらしい。まぁ便りがないのは元気な証拠よ。」

「早速ミカコさんも喜んでくれるね。」

「それでよ、一番最初に俺の髪の毛切ってくれるって言ってんだ。失敗してもどうせハゲてるから緊張しないんだと。」いつものおいちゃんの笑顔だった。頭頂部の禿げた部分を、いつもの癖でまた掻いている。

「おいちゃんはもう漁には出ないの?」

「俺はもういい。あとは、この街が元の姿になるまで、ゆっくりと、少しずつ、力を注ぎたい。そのためにできることをやっていくことにする。第一、船も無くなってまった。」

「僕、やれること何でもする。いつか東北に戻ってくる。やりたい夢を絶対に実現するよ。」

「そうか。じゃあ、昌磨がテレビ映るまで生きとらんとあかんな。」

「大丈夫だよ。おいちゃんは絶対に簡単に死なない。軽い気持ちで昇ろうとしても、ミカコさんに、まだ来るなって追い返される。」

「確かにそうだ。その通りだ。ミカコさんが好きだったこの街を守らなくてはいけない。それまで俺は生き続けるさ。そして、コウタを守る。それが俺が生かされた意味だから。

ありがとう。こんな話を聞いてくれて。やっと誰かに話すことができた。まさか40歳も離れた友達に話すとは思わなかったけれど。」おいちゃんがまた、顔をくしゃくしゃにして笑う。

「僕だって、こんなに歳の離れたおじいちゃんの友達ができるなんて思ってもいなかったよ。ミカコさん、今日のところは飲み過ぎましたけど多めに見てやってくださいって感じ。」

僕もまた、みちのくの太陽ですっかり日焼けした顔をくしゃくしゃにして笑う。

「さぁ、仕事に取り掛かろう。ボランティアセンターを開けなきゃならん。」

「そうだね、今日も仕事だ。残された者たちのやれることをやろう。」

おいちゃんが立ち上がる。

僕も立ち上がる。

 

この街は今日も朝を迎えた。

いつもと同じ朝かもしれない。

だけど、太陽が照らす歳の離れた友達の後ろ姿は、昨日よりも何倍もかっこよく見えた。

 

 

 

 

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結局僕は、それからも定期的においちゃんと連絡をとっている。

コウタ君はその後、見事に美容師になる夢を叶えて今は地元の美容室で勤務をしている。4年前に結婚をして、今は3歳と1歳のお父さんをしているそうだ。

おいちゃんは趣味の畑仕事をしながら、震災前まで三人で住んでいた家の近くにマンションを買って、コウタ君家族の時よりの来訪が何よりの生きがいらしい。次のおいちゃんの目標は、孫と酒を飲む。そして、孫は漁師にすると言うたびにコウタ君に怒られるそうだ。

「親父みたいな人間になったらどうするんだ。」と。

そんな文句を親父に言うくせに、コウタ君はおいちゃんの家に来ると必ずカレーを作ってくれるらしい。もちろん、隠し味には醤油を入れて。

 

おいちゃんは、僕がアナウンサーになると決めたこと、それが東北の地だったことを誰よりも喜んでくれた。

「昌磨は元気にしてるのかな、って急に思って、お前がお世話になってたテレビ局のホームページ見たらいなくなってるからよ。どうしたんだよ。」

「家業があってさ、東京戻ったんだ。ごめんね連絡しないで。これも宿命と思って、毎日お客さんに頭下げる毎日よ。」

「お前はそれでいいのか。まぁ自分で決めたならそれでいいけど。親のために人生なんてないぞ。自分のための人生だ。だけどな、毎日を精一杯生きろよ。一番嘘ついちゃいけないのは、親でも恋人でも友達でもないぞ。自分だからな。結局は自分と一番長く一緒にいるんだから。死ぬまで一緒にいるのは自分だ。最後に自分を楽しませてやれるのは自分だけだぞ。」

「ありがと。肝に銘じます。おいちゃんは楽しくやってるの?」

「俺は毎日が日曜日よ。楽しくやってる。東北に来る用事あったらこっちまで足を伸ばすといい。」

「もう朝までおいちゃんの話聞くのはごめんだけど。」

そう言いながらまた笑い合う。

「ごめんよ、こんなくだらないことで急に電話かけちまって。」

「おいちゃん、話が長くなると謝る癖は変わってないんだね。あの時のままだ。」

「そんな癖あったか?気づかなかった。」

「あるよ、あの時のまま。何も変わっていない。」

 

 

冷たい風が僕の頬を撫でる。

 

 

「ねぇおいちゃん。」

「なんだ?」

「俺さ、まだ大学生だったあの時、おいちゃんに会えてよかった。ミカコさんとコウタくんの話聞けてよかった。今俺は、ちゃんと自分の人生を愛おしいと思ってるよ。大切な人がいる。守りたい人がいる。だからミカコさんにおいちゃんから伝えてくれないかな。感謝してる若いのが、東京にいるって。」

「おう分かった。俺は毎日ミカコさんに感謝してる。仏壇に飾った写真見て、いまだに綺麗な人だなって思う。明日の感謝に載せておいてやるよ。」

 

そう話すおいちゃんの声からは、今でもミカコさんへのとびきりの愛情が伝わってきた。

ありがとうおいちゃん。

歳の離れた大切な友人。長生きしてね。

電話を切った後に何となく見上げた空は、あの日、話し過ぎた僕たちのもとにやってきた空と一緒で、雲ひとつない青空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミカコさんへ。

先日は、コウタのことでひどいことを言ってしまって申し訳なかった。

あれから色々反省した。

 

今日じつは、コウタと久しぶりに2人で話す機会があった。男と男の話し合いだ。

あいつは素直なやつで、悪い友達ともきっと付き合いたくて付き合っているわけではないと思うんだ。今日俺は宣言した。もうお前からは逃げないと。お前の父親になると。

コウタがどう思ったか分からない。だけど俺はこの宣言を絶対に忘れない。もう逃げない。父親を全うする。

そして、どうしてもミカコさんに伝えたい。コウタはちゃんと、やりたいことがある。将来なりたいものがある。だから大丈夫なんだ。あいつはミカコさんの子供だから。心優しくて、本当はちゃんとしっかりしたやつだもんな。

あいつ「美容師」になりたいらしい。俺なんかにはどうやってなるのかも分からないけど、コウタがしっかりと自分の夢を持ってくれていることが心の底から嬉しかった。

夢までの道のりはこれから始まるけれど、俺は親として全力で応援する。どんな時も。

そしてもうコウタは大丈夫。また心優しいコウタに戻る。

だから、明日からまた、コウタの大好物のカレーライスをコウタの分も作ってやってはもらえないだろうか。

俺は家族を愛している。コウタを、そしてミカコさんを。

これからも全力で愛して、守る。どうかこんなに情けない男だけど、最後のチャンスだと思って信じてほしい。

いつもありがとう。

愛しています。武雄

 

 

2011年1月14日

きっとコウタに何かあったんだな、と思います。もしかしたら、警察のお世話になるくらいのこと。勝手な親としての勘だけど。武雄さんは分かりやすいから分かってしまいます。

だけど、男と男の約束かなんかで、私には今回は内緒にしておくと決めたんでしょ。でも、それでいい。そこまで武雄さんがコウタのことを考えて、愛してくれているということが、改めてとても幸せなことだと感じます。

 

康太に夢がある。

それだけで私は涙が止まりません。何もしてやれなかった母親だけど、せっかく康太が見つけてくれた夢を応援できなくて何が母親ですか。

母ちゃん色々調べてみることにします。高校を卒業できなくても入れる専門学校もきっとあるはず。探してみせる。

絶対に立派な美容師になってね。母ちゃん信じてる。

 

武雄さん。道を踏み外しそうになった康太のために本当に本当にありがとうございます。

武雄さんがいなかったら、きっと取り返しのつかないことになっていました。ありがとう。

武雄さんに出会ってからもう何年も経つけれど、年を重ねるほどにあなたのことが大好きになります。ありがとう。これからもずっと一緒に。

あなたに会えたこと、とてもとても幸せです。

お互いに直接表現できる日は来そうにないけどね(笑)

私の自慢の武雄さん。

私はこの家族を世界で一番愛している。

私の人生はとてもとても幸せだ。

 

 

隠し味には醤油を入れて

「完」

 

 

最後までお付き合いいただきました読者の皆様、本当にありがとうございました。