前半は調子が悪い
だけど後半で巻き返し、最後に掴みかけた昇格は手から落ちる乾いた砂のように
するっとその場にとどまらない。
翌年、またチームを作り直し、前半は調子が悪い。
だけど後半で巻き返し、最後に掴みかけた昇格は手から落ちる乾いた砂のように
するするっとその場にとどまらない。
ところが今年はどうだった。
今年はチームを作り直す必要がない。
昨年の戦力がほとんど残留してくれた。
毎年言われていた「山形は前半さえ良ければ昇格しているのに」
この言葉に飛び蹴りしてやりたい感情を、今年は味わう必要がない。
キックオフイベントを行い、開幕を待ち侘びた私たちの元にやってきたJリーグのある週末。モンテのある週末。
最高じゃないの、素晴らしいじゃないの。
しかし、浮き足立つ私のもとにやってきたのは、憤りとため息が交錯する、満場一致のストレスが塗り込まれた週末だった。
これまでの経験を踏まえ、開幕2連勝したところで私は絶対に喜ばないと決めていたが、開幕から3連敗してくれとは言っていない。
我々を嘲笑うかのように勝ち点が逃げていく。掴みかけると動き出す綿毛のように。
私はモンテディオ山形スタジアムD Jという、光栄至極、身に余る職業をさせてはいただいているが、考えれば考えるほど、そもそも大前提がモンテディオ山形サポーターなのである。
仕事は仕事だから勝敗なんてどっちでもいい、とは、どうやっても思えない。純粋に勝ちたくて勝ちたくてしょうがない。昇格を何よりも望んでいる。
だから、山形が負けようもんなら、体調が悪い。やる気が出ない。
多分、皆様よりも怒っている。D A Z N組の時は「ふざけんなよ!」じゃない。「ざっけんなよ!」と叫んでる。
だけど、山田拓巳がやらかそうもんなら、いや結構今季もやらかしているんだけど、そうなると、なんとかして守ってやれないかとも考えてしまう。
モンテが中心。モンテを愛している。
だからこそ「優勝・昇格」という目標を掲げたチームに対して思うことの目線は皆様と変わらない。
話が違うじゃないか、と真剣に思っている。
呆れる人がいることも、応援をやめようと思う人がいることも当然だと思う。
第三者から見たら、千葉サポーターと山形サポーター、今年はどちらが楽しいですか?と聞かれて、山形サポーターです、とお答えになる人はいない。
引き分けが敗戦へ、勝利が引き分けに退化するラスト数分を何度も見せられて、山形サポーターが羨ましいと思う人などいない。
当然の憤り、当然の嘆き。
だけど、それでも考えなくてはいけないことがあるのかなと思う。
山形ってどんな土地だろうか。
私は、今でこそ東京で暮らし、東京を拠点に生活している。
しかし、山形で生活をしていた過去を持ち、今でも2週間に1度山形に向かう。
良いところだ。最高だよ山形。
空気は美味しい。水は澄み、人の優しさに溢れている。コンビニの数くらいラーメン屋さんがあるのに、その全てが美味しいとはどういうことかと思う。
もっと伝わればいいのに、と真剣に思う。
良いところだ。最高だよ山形。
だけど、他の目から見た山形はどうだろうか?
違う土地に暮らす人が、今の山形に何を思うだろうか。
色々な感情は抱くと思うけれど「山形熱いよね!山形元気だよね!」と言ってくれる人が少ないのが現状だと思う。
そもそもそんな地方都市を今の日本に探すのは難しいのかもしれないけれど、人口は100万人を切り、雪若丸が違う意味で有名になってしまった今、山形が元気のある都市だと認識をしてくれている人が多いとは到底思えない。
伝わらないもどかしさ。私にとっては心の故郷、心の安定剤。日本という場所に山形より素晴らしい場所があるとも、私は到底思えない。
だけど、どうだろうか、N Dソフトスタジアム山形は。
モンテの旗印の元に集う、青白のサポーターが溢れる空間は。
声を届け、声を枯らし、拳握り、拳掲げる。
まさにその空間は「山形熱いよね!」という表現がぴたりとハマる、熱い思いの交錯する場所。
人口減少。そんなことは関係ない。サポーターは増えている。
消滅可能性都市。仮定の話など何がおもしろい。青白の声援はそんなネガティブキャンペーンを跳ね返す。
確かにビッククラブではないのだろう。だけど、私たちの心の中に唯一鎮座する唯一無二のクラブなんだ。
県民の誇り、県民の癒し。
もちろん「今の勝敗でも満足しましょうよ、皆様」なんて言うつもりは全くない。もう一度言うが、私も盛大に「話が違うぞ!」と憤っている。
だけど、それでも考えなくてはいけないことがあるのかなと思う。
モンテの試合がある日の朝ってどうだろうか。
なんかワクワクしてソワソワする。
順位表を眺め、勝手に勝ち点に3を追加して、今日という日が終わった後の順位表を妄想する。
ここがこことやるなら、多分こうなるから、こことここを抜かして、よし今日勝てば何位だ!と世界の中心で勝手に愛を叫びだすほど身勝手だけど、絶対に誰も傷つけていない妄想を繰り広げている。
こんなことって他にあるだろうか。
私は思う。こんなことって他にはないんだ。
モンテって自分にとってなんだろうか。
モンテに出会えていない人生って豊かだっただろうか。
負けたら嫌いで、勝ったら好きなのだろうか。
終わりのない自問自答の果てにたどり着くのはいつも同じ答え。
「モンテがない日常など私にはない。その楽しみをくれていることに対する恩返しが応援なら、それに直向きに、それに貪欲に」
今は順位表を見るのも嫌だ。
周りが羨ましいと思うこともある。
東京在住だ。山形よりも、千葉と大宮の方がどれだけ近いか。
だけど、やっぱり、絶対に。
モンテが好きなんだ。大好きなんだ。
叫び出したくなるくらいに大好きなんだ。
だから、もう一度。
信じることに疲れそうになった時には、モンテのない日常の、色彩にかけた時間を思い描いてみる。
嫌だ。ただ純粋に、嫌だ。
だから応援するしかない。
勝ってくれと願うしかない。
共に夢を見たい。みんなで見たい。
諦めるのは可能性が0になるまでとっておきたい。
映画も小説も料理も、誰かが決めた結末を楽しむだけだ。
だけどモンテは、俺たちで結末を決められる。
溢れ出したくなる感情の居場所がない毎日だけど、きっとそれは勝利の歌が響く場所に帰っていく。
これは今、皆様も共に信じましょう!と伝えたいわけじゃない。
だけど、誰に頼まれたわけでもない決意表明をする。
私は絶対に諦めない。
好きだから。そして、これだけ負けているのに、やっぱり次の試合が楽しみだから。
必ず勝とう、藤枝に。
そしてその先には「負けられない」ではない「負けてはいけない」相手が待っている。
共にリスペクトを持ち、絶対に響かせようじゃないか、俺たちの勝利の歌を。
必ず勝とう。
そのために自分にできることがただ一つだけあるのだとすれば、それを貪欲に。
歯を食いしばり、拳握りしめて、普段はしない神頼みだって恥もせず。
なんでもいい。勝とう、必ず。
信じるぞ、やめないぞ。
だって私は、モンテがある日常が大好きなんだ。