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貸金庫に、ミカコさんの宝物を大切に戻して、2人でM市民ホールに向かう。

受付には昨日の青年が座っている。一瞬だけ目が合った気がしたが何も言ってはこなかった。

昨日、複雑な気持ちで開けた扉を押し開け、Mのエリアに向かう。

48番

こんな張り紙はもう捨ててやろう。おいちゃんはそれをクシャクシャに丸めてポケットに突っ込む。

48番なんかじゃない。俺の世界で一番愛する妻だ。

「コウタ、言いたいこと何でも伝えよう。」

コウタ君がミカコさんの冷たくて、硬くなった手を握る。

「母ちゃん。母ちゃん。ありがとう。そしてごめんね。ごめん。ありがとう。まず涙が止まらなくてごめん。情けなくてごめん。だけど、母ちゃん、俺はね、母ちゃんの息子に生まれてきて、本当に幸せだった。ありがとう。聞こえる?聞こえるわけないか。でも言うね。家に帰ってきてお母さんがいないのって時には寂しかったけど、だけど、休日はたくさんいろいろなところに連れて行ってくれてありがとう。それと、言ったことなかったけど母ちゃんは自慢の美人の母ちゃんだったんだ。

あとね、料理だって。料理だって。。。

ごめん涙止まらないけど頑張るね。最後だから。男だもんな。がんばらなきゃね。
料理だって、本当に世界一だよ。俺の母ちゃんの料理が世界一だよ。ありがとう。ありがとう。本当に本当に世界一だよ。特にカレーかな。俺はこの先、母ちゃんのカレーより旨いカレーに出会わない。本当に世界一だよ。

こんなに愛してくれたのに。大変な思いして育ててくれたのに。何の恩返しもできなくてごめんね。なんで、恩返しする前に。なんで。でもしょうがないか。

でも心配いらないからね。大丈夫だから。俺強く生きる。しっかり生きる。母ちゃんの息子として恥じない人生を生きる。だから見ていてね。

それと最後に、おいちゃんを好きになってくれてありがとう。俺、おいちゃんとこれから2人で生きていく。支え合って生きていく。だからおいちゃんのことは任せて。

 

 

俺に最高の。

 

 

最高の。

 

 

最高の。

 

 

最高の親父を残してくれてありがとう。」

 

 

コウタ君がミカコさんの胸に顔を埋める。

赤ん坊のように泣く。

そんなに泣いてて、よく安心してくれなんて言えたな、と思っても、自分だってもっと泣いていた。

素直になるのが遅いんだよ、とも思ったけれど、やっと素直になれてよかったなとも思った。そして、この存在を守ることが、改めてこれからの人生の全てになった。

 

 

「ほら、おいちゃんだって、最後に伝えろよ。」真っ赤になった目を擦りながらコウタ君が呟く。

生意気言うなよ。でもそうだよな。俺も伝えなきゃな。

 

「分かった。うん。」

コウタ君がミカコさんの右手を、おいちゃんは左手を握る。

「ミカコさん。ミカコ。本当に本当にありがとう。田舎町でただのんびり漁師やってるだけだった俺。家族もいなくて、何もなかった俺の人生で守るべきものを与えてくれてありがとう。ミカコさんのような綺麗な人と家族になることができたことが、人生で最高のラッキーでした。ありがとう。世界で一番美しい人だと思います。それなのにこんな男を好きになってくれて、愛してくれてありがとう。

ミカコさんの作る料理が大好きでした。ありがとう。

そして、なかなか面と向かって感謝を伝えずごめん。今はもっともっと、毎日でも君に愛していると伝えればよかった。もっともっと、あなたに少し疎ましく思われても伝えればよかった。心の底からあなたのことを愛しています。それは、これからもずっと。俺が死ぬまで。いや、死んだ後も。ずっとずっとあなたのこと愛しています。頭の禿げ上がった親父が、こんなことを言ってごめん。だけど、本当に愛しているんだ。この歳になっても、恋してるんだ。ずっとあなたが大好きなんだ。

そして。そして。ごめんな。俺も涙脆くて。まったく、男2人で会いにきて情けない話だよな。ごめんな。よし、もう泣かない。いや、無理だ。でもちゃんと話す。涙は止まらないけどちゃんと話す。

コウタに、コウタに出会わせてくれてありがとう。俺の大切な宝物に出会わせてくれてありがとう。ミカコの人生の全てだったコウタを、明日からも俺は全力で守る。もしもまた悪い道に行こうとしたら、今度は父親として堂々と、ぶん殴ってでも連れて帰ってくるから、大丈夫だ。安心して見ていてほしい。俺たちはこの先もずっと家族だ。たとえ俺が死んだって、いつか遠い未来でコウタが死んだって、ずっとずっと家族だ。俺にとっての唯一の最高の最強の家族だ。ありがとう。これからも見守っていてくれ。安心して見守っていてくれ。全力で幸せになる。力の限り幸せになる。ありがとう。

 

ミカコ、愛してる。ずっと。これからも、ずっと。」

 

「おいちゃん泣きすぎだよ、恥ずかしい。」

「お前だって泣いてるじゃないか。」

「おっさんが泣くなよ。」

「反抗期が泣くなよ。」

2人とも同時に鼻を啜る。

ミカコさんはもうそんな2人を見て笑うことはないけれど、それでもそこには家族があった。これからもずっと続いていく家族の絆があった。目には見えない、だけど頑丈な、おいちゃんにとって世界一の、自慢の、宝物の家族があった。

 

 

明日から続いていく2人だけの日常に覚悟を決めて立ちあがろうとした時に2人に話しかけてきたのは、昨日から受付に座る市役所の青年だった。

「すいません、少しよろしいですか。昨日、確認を忘れてしまったとのことなんですけど、こちらは奥様のものではないでしょうか。」

差し出されたのは、ミカコさんが普段使っていたエコバックだった。

いつも使っていたスーパーで粗品として貰った物を、もう何年も愛用していて、紛れもなくそれだった。元々黒かった持ち手のナイロンは色が落ちて白くなりかけているし、もう何年も前に配られた粗品をいまだに使っているのはミカコさんくらいだ。

「おそらく妻の物だと思います。」

「そうですか、中身を確認していただき、もしも奥様のものでしたらお持ち帰りいただいて大丈夫ですので。」そういうと青年は深々と頭を下げて受付に戻っていく。

 

「何でだろう。カレーの材料ならトートバックに入ってたのに。」コウタ君が不思議そうに鞄の中身を覗き込んでくる。

「お前が中身見てみなさい。」おいちゃんは、なぜかそうするべきだと思って、コウタ君にミカコさんのカバンを手渡した。

「何だろ、なんか書類かな。とりあえず開けてみようか。」

エコバックは、鞄の上部にボタンが一つだけ付けられているだけのシンプルな作り。コウタ君がそれを外して中身に入っていたものを取り出した。

 

「おいちゃん、これ。。。。」

「そうだな、間違いなくミカコさんのエコバックだ。」

「なんで、何で知ってんだよ。」やっと泣き止んだはずのコウタ君の涙が再び溢れ出す。

「だから言っただろう。俺が伝えたんだ。ちゃんとコウタ夢見つけたぞ、って。大丈夫だぞ、って。

だからだ。だからだよ。子供の夢を応援したいんだよ。それが親なんだよ。子供の夢は自分の夢なんだよ。子供のやりたいことを取り上げる親なんていない。全員が、子供の夢を応援したいんだ。」

コウタ君がミカコさんのエコバックを抱きしめて、再びミカコさんの胸に顔を埋める。

「ありがとう。絶対に夢叶えるからね。見ててね。大丈夫。絶対に叶える。俺、めちゃくちゃ努力する。だから見ててね。」

 

 

トートバックには、とても1日では集めきれない量の美容師の専門学校のパンフレットが入っていた。一校ずつ足を運び、パンフレットをもらい、その全てに学校で感じた印象が丁寧に記されていた。

夢を見つけた息子へ親ができること。

昼間に空いた時間の全てを使い、自分の足で見て回り集められたパンフレットたちは、ミカコさんがこの世界に置いて行った親が子を想う愛の証だった。

 

 

 

明日20時公開

隠し味には醤油を入れて・最終話に続く