⛴⛴⛴

「何だこれ?」横で見ていたコウタくんが訝しそうに聞いてくる。

「分からないのか。お前、分からないのか。」

急に泣き出したおいちゃんをコウタ君が驚いた目で見つめてくる。

「どうしたんだよ、急に。こんな場所で泣くなよ。」

「これはな。これはな。ミカコさんの宝物だよ。こんな場所に入れてまで守りたかった宝物だよ。読んでみろ。」

紙はある程度の枚数で、左上に開けられた穴を通した紐でくくられている。一番手前にあった紙の束をコウタ君に渡す。

 

 

 

 

 

 

 

いつもありがとう。お仕事おつかれさま。コウタ

 

2003年8月29日

康太からの初めての手紙。

涙が出るほど嬉しかったけれど、あまり褒め過ぎてしまうと康太にとって重荷になってしまうからそっけないふりをしておくことにします。

でも本当に感動しました。嬉しすぎると、すぐには涙が出ないものだけど、今こうして見返していると涙が出てきます。私の宝物。

こちらこそありがとう。

生まれてきてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

いつもありがとう。カレーおいしいよ。コウタ

 

2003年9月5日

康太からの二回目の手紙。

どうやら、手紙は金曜日に置くことにしたらしい。(笑)

武雄さんの入れ知恵なのだと分かるけれど、武雄さんの気持ちも、それに素直に答えてくれる康太の気持ちも本当に嬉しい。

こちらこそありがとう。これからもカレー頑張らなきゃね。

 

 

 

カレーおいしいよ。牛丼もおいしいよ。いつもありがとう。コウタ

 

2003年9月12日

今週はカレー作ってないのに(笑)

でも牛丼も褒めてくれてありがとう。ただの料理なのに、こんな嬉しい手紙をもらえて、私はやっぱり幸せ者だ。

ありがとう。

お料理がんばるね。

 

 

 

「これって、小さい時に書いてた手紙?」

「そうだよ。お前にはそっけない態度を見せていたけど、ミカコさんやっぱり本当に嬉しかったんだよ。本当は涙出るくらい嬉しかったんだよ。だから宝物だったんだよ。だから一枚一枚コメント書いて、その時の気持ち忘れないように。こんな場所に隠して。」

 

 

涙が止まらなかった。

コメントを嬉しそうに、誰もいない居間のちゃぶ台で書いているミカコさんを思うと涙が止まらなかった。

1人で、おいちゃんが大好きな笑顔を浮かべて、誰にも見られないように、こっそりと。母親としての愛を思うと涙が止まらなかった。

 

 

いくつかの束になっているものを読み進める。

しばらくして、その手紙にはおいちゃんも登場をする。

「これ、おいちゃんが初めて書いたやつだ。」

コウタ君がそのページを差し出してくる。

 

 

 

 

 

今週もお仕事ありがとう。康太

 

ありがとう。武雄

 

 

2004年9月17日

なんと私の宝物の手紙に武雄さんの文章まで登場。

私の大切な掛け替えのない家族。

本当に本当に幸せ。あの2人がいると思うことだけが私の原動力。

武雄さん、こちらこそ、いつも私たちのことを支えてくれてありがとうございます。

 

 

 

 

他愛もない、当たり障りのない文章が続く。

しかし、そのどれにも、必ずミカコさんのコメントは添えられていた。

 

 

 

 

「何だよおいちゃん、照れ臭いこと書いてんだね。頑なに俺が寝てから書いてた時期あったもんな。」

 

 

来週はトンカツが食べたいです。お仕事お疲れ様。康太

 

 

今日は、この家に引っ越してきてからちょうど一年が経ちました。

コウタに会えたこと、そしてミカコさんに会えたことが人生で最大の幸せです。

いつも本当にありがとう。

愛しています。武雄

 

 

2005年7月8日

もう武雄さんが引っ越してきてくれて1年。

籍をいれない関係でも、康太のことも、私の仕事のことも、全てを理解してくれる存在。

こちらこそ、武雄さんと出会えて私たちがどれだけ救われているか。

わかってもらうためにはどうすればいいのか。

私も、武雄さんに会えたことがとてもとても幸せです。

お互い口には出しませんけど。(笑)

私も愛しています

 

 

 

貸金庫室には、2人の他にも人がいたが、他人の話し声なんて耳に入ってこなかった。

ただ2人で、無心で手紙の束を読み進めていく。

最初からそっけなかったコウタ君の文章は、ますます味気をなくしていく。

そしてコウタ君は小学6年生になった。

 

 

 

 

ミカコさんすまない。今日からコウタは手紙を書くのをやめるらしい。

思春期特有の親に感謝を言えない年齢になったらしい。

これはやむなしと思うことにした。

しかし、いつも私たちはミカコさんに感謝しています。

いつもありがとう。

愛しています。武雄

 

2007年2月9日

むしろ今まで康太もよく付き合ってくれたなと思います。(笑)

ありがとう。

そして、1人になってもまだこうして手紙をくれる武雄さんがやっぱり愛しい。

ありがとう。変わらずに、これからも。

康太、生まれてきてくれてありがとう。

武雄さん、私もとても愛しています。

 

 

 

ここからは、毎週。おいちゃんがどれだけ2人を愛しているかを伝えるだけの手紙が延々と続く。

そして、誰にも読まれるはずのなかったミカコさんの手紙の中でも、どれだけ2人を愛しているのかが綴られていた。

 

 

 

今日もコウタは12時を過ぎても帰ってこなかった。

タバコの匂いがする。

そんなコウタにどのように声をかけてやればいいのか分からない自分が情けない。

コウタをどうやれば守ってやれるのか。

悩む日々が続く。

だけど、私は絶対にコウタを元の道に。

私にとって守りたいものは、この世界に2人だけだから。

愛しています。武雄

 

 

2010年11月5日

武雄さんが思っている以上に私もどうやって康太に接していけばいいのか分からない。

結局は武雄さんに甘えてしまっている自分に嫌気がさします。

私は母親失格だと自分で分かっているくせに認めたくない。

こんなに康太のことを愛しているのに、やってあげられることが分からない。

仕事を辞めるのは簡単。だけど今それをしたところで康太のためになるのか。

私の人生で唯一決めたことは、康太を立派な大人にすること。

そのために何をするべきなのか。

ごめんね康太。

そしてごめんね武雄さん。

私も愛しています

 

 

「次で最後の一枚だ。この後は手紙書かなかったの?」頬を伝う涙も鼻から流れる鼻水も拭かずにコウタ君がおいちゃんに尋ねる。

「いや、この先も必ず金曜日に書いている。だけど定期的にこの金庫に保管に来ていて、残りは家に置いてあったのだと思う。例えば、お前が警察のお世話になった日も金曜日だった。」

「そうか。母ちゃんの中では結局俺ってダメなやつのままだったのかな。」

「そんなことはない。お前がちゃんと家に帰ってくるようになったことも、それに、夢を見つけたことも全部知っている。」

「そうなんだ。」

「これを見て、感じてほしい。ミカコさんがどれだけお前のことを愛していたのか。どれだけお前の幸せを願っていたのか。ミカコさんにとって、お前の人生が続いてくれればそれでいいんだ。それだけなんだ。」

 

そして2人は、貸金庫に残った最後の手紙を読むことにした。

 

 

もしかしかたらコウタを殴ってやれればいいのかもしれない。

しかし、それをしていいのかの自信もない。

2人と過ごしてもう何年も経つのに、その自信がついていない自分に嫌気がさす。

コウタにとって、自分はどんな存在なんだろうか。

何も築き上げてくることができなかった。

自分の人生は2人に会えたことで捨てたもんじゃないと思うことができた。

しかし、結局満足に叱ってやることもできない、中途半端な父親もどきだ。

情けない。

結局はミカコさんの精神的負担を少なくしてあげることができていない。

情けない。

ごめんなさい。

だけど、ミカコさんを、コウタを愛しています。

それだけが2人に伝わりますように、と願ってやまない。

こんな男で申し訳ない。

だけど、考えれば考えるほど2人を愛しています。武雄

 

2010年11月12日

武雄さん、お詫びをしなくてはいけないのはこちらの方なのに。

逃げているのは私なんです。

愛しているとか、母親らしいことは頭では思っているのに結局何もできていない。

今も何をしてあげればいいのか分からない。

ごめんなさい。

だけど、私も2人のことを愛しています。心の底から。

コウタが生まれたときに、なんて可愛い子なんだと思いました。

夜泣きは激しく、私がトイレに行くために視界から消えてしまうだけで大泣きして。大変なこともたくさんあったけど、そんなことは時より見せてくれる笑顔を見れば一瞬で忘れてしまうくらいの幸せをたくさんたくさんくれました。

そして何より、康太が武雄さんと仲良くなってくれなければ、私は武雄さんと知り合うことができなかった。そのことを考えるだけで、とてもとても感謝をしなくては。ありがとう。

きっと、今私たちがこうして迷っているように、康太の中にも色々な葛藤があるのだと思います。いつか、康太が助け舟を求めてきてくれることを願っています。その時には全力で助けてあげたい。そのために何ができるのか。

ごめんね、こんな情けない母ちゃんで。ごめんね。

だけど、愛しているから。ずっとずっと愛しているから。1分1秒、私の人生の全ての時間、いや、私の人生が終わってしまったとしても、ずっとずっと愛しているから。

武雄さん、こんな私たちを支えてくれてありがとう、

愛しています。

 

 

「なぁおいちゃん。」

「どうした。」

「ありがとうな。」

「何だよ急に。」

「母ちゃんは間違いなく幸せな人生を生きた。それは俺のおかげみたいな言い方をおいちゃんはするけど、絶対に違う。俺、最低な息子だった。だけど、母ちゃんはきっと、いや絶対に幸せだった。その理由は間違いない、おいちゃんに会えたからだ。おいちゃんは他人だった俺たちの家族になってくれた。俺のことも母ちゃんのことも愛してくれた。ありがとう。」

「そんなことはない。俺のどうしようもなかった人生を幸せにしてくれたのは、間違いなくお前たちだ。ありがとう。

お前は最低なんかじゃない。ミカコさんと俺にとっての最高の息子だ。そして感謝するなら、ミカコさんに伝えてやってくれ。」

 

 

もう2人とも喋るのをやめた。

ミカコさんの文字がおどる、ミカコさんの愛情が宿る、無数の折り紙を、男2人が抱えてしばらく泣いた。

これだけの深い愛情をありがとう。

感謝しかない。

感謝だけだ。

ありがとう。

 

「なぁおいちゃん、俺、もう一回母ちゃんのところに行ってくる。まだあの場所にいると思うから。」

「お前が好きなようにすればいい。」

「感謝を伝えるんだ。全力で。ありがとうって言いたいんだ。」

「そうか。そうだな、俺もそうしたい。俺もそうしたい。俺も行っていいか。」

「もちろんだよ。一緒に行こう。俺たちは家族なんだから。」

 

 

 

明日20時公開

最終話までラスト2話

隠し味には醤油を入れて⑩に続く