ウルトラのちち=Bar Socket 店長 -27ページ目

ウルトラのちち=Bar Socket 店長

大阪市生野区コリアンタウン近く
Bar Socket 店長の日記

2012/6/11

先日からヤフオクに出品中のヴィンテージラケットですが、
最初に凄くこだわった部分があって、それは商品を発送する
箱だったんです。出品するであろう数を考えると、
その都度ダンボールを段取りして発送するのは難しい。


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そう思って、箱を思い切ってオーダーしちゃいました。
落札者のことを想定して、2本まで入るようになってます。
おかげで複数本落札される事が多く、喜んでもらってます。

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2012/6/9

昨日の夜は、小学校P T A のO B 総会。
雨の降る中、自転車に乗って桃谷へ行きました。
直ぐに通い慣れた「がんこ」に到着。

現役の役員・実行委員をはじめ
30人程度の総会・懇親会です。

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その総会の席で以前ブログで紹介した、
支配人ハンジ君から
「前に話していたラケットを預かってますよ。」
と嬉しい知らせがありました。

あれは、
去年のH P オープンが開催されていた時にハンジ君と
一緒に店にやって来た、現役コーチとしては珍しい
お道具マニアな富洋コーチから、究極のラケットの話から
オーバーグリップの巻き方まで、様々なこだわりの話を聞いて
私のこだわり熱が沸騰しました。これは何とかせなアカン。

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特にラケットの話に食いついた私に富洋コーチは、
「多分僕は何本か倉庫に置いてると思いますよ」
「探して今度そのラケット持ってきますよ」
と言ってくれたんです。
そう、そのラケットが今ハンジ君の所にある。

総会が終わって、私はSocketを開店する為に帰り、
その他の皆さんは二次会へ行かれました。

そろそろ夜中の12時になろうとした時に連絡があり、
二次会上がりのハンジ君がラケットを持ってきてくれました。
いつも、本当にありがとう。

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とうとうやって来ました。超コンペティティブな
PRO KENNEX C1 PRO TOUR

「98のフェイスは打ちやすいけれど、物足らないかも」
の言葉のとおり、93のフェイスを方を持ってきてくれた。
93のフェイスを使いこなせるかは分からないけれど、
ありがとう富洋コーチ。とっても楽しみなこの週末です


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2012/6/8

一年ぶりに赤井稚佳さんの個展に行きました。
http://achica.sakura.ne.jp/

今回の個展は大阪で開催するとの事で、
案内に同封されていた D S のポストカードには、
こう書かれていました。

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大熊様・・・・・
大阪での個展です
このポストカードはカラーリングですが、
今は色えんぴつを使って描いています
新作の D S の作品もありますヨ
お時間が ありましたら・・・・・赤井稚佳

もともと赤井さんを知るきっかけとなった
シトロエン D S の作品。

本物の D S を描いたのではなく、
壊れたミニチュアを描いていたのがカッコ良かったんです。

もともと描く対象が女性的というより、凄くマニアックなモノ
が多かったので、どの作品も好きですが、
D S の新作と聞いてはジッとしてられません。

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会場になっている中崎町の
Gallary Books Coffee [ i t o h e n ] へ行きました。
D S は凄く良かったんですが、ご本人とは会えませんでした。

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残念。でもあと二日間あるな。

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2012/6/5

異業種交流会「フォーラム・アイ」で
5月13日に行った、「自転車めぐり」での出来事です。

「旧真田山陸軍墓地」を初めて見学しました。
家からこんな近くに、これほどの数の墓碑銘があるとは。


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見渡す限りお墓、その数5,091基が整然と並び、
墓地の一角にある納骨堂内には約8,000名分のお骨。
ここは日本最古で最大の陸軍墓地なんです。

以前の私なら、「へエ~、そうなんや。大変やったんやね。」
くらいにしか思わなかったかも知れないけれど、
息子と一緒に「命の繋がり」を感じてからは、想いが違う。

自分の10代前の先祖さんの総数は、1,000人。
20代前の先祖さんの総数は、なんと1,000,000人。
これだけのご先祖さんがいてくれたからこそ、
今の自分や息子・娘が存在している。
最近そう想うようになれました。

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今日の平和の為に亡くなった方々の中に、
ひょっとしたら自分に繋がりのある方がいるかもしれない、
嫁さん方の繋がりがある方がいるかもしれない。
そんな方々に感謝の想いを込めて手を合わしました。

すると不思議な事が起こりました。
ナイキのスニーカーの網状のパーツがプチっ、プチっ。
しかも5本も切れてしまったんです。

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「お父さん、何か言ってはるんかな?」
息子の言葉が印象に残りました。

・・・・・・・・。
6月4日付の朝日新聞の夕刊に
旧真田山陸軍墓地の記事が掲載されています。
墓地の写真は、迷いましたがネットから探して掲載。
納骨堂の写真は、フォーラム・アイの仲間の画像から。

今日のお話は、フィクションです。

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2012/6/4

ナイキの前身 B R S 社(ブルーリボンスポーツ社)を
1964年に創設したフィル・ナイトは、1963年に
大学の卒業旅行で日本に立ち寄りました。

その日本でオニツカシューズに出会い、
品質と価格のパフォーマンスに感銘を受け、
直接会社を訪れ、アメリカにおけるオニツカシューズ
の販売代理店の契約を交わしました。

当初アメリカでのオニツカシューズの販売は順調で、
1968年には一緒に会社を創設したビル・バウワーマンが
メキシコ五輪に向けて「オニツカ・コルテッツ」を共同開発。
その後両者の契約は解除されましたが、
オニツカ人材の引き抜きや、競合会社での製造など、
B R S 社もなかなかやってたみたいです。

そのお返しで契約解除後もオニツカ側が
「オニツカ・コルテツ」を販売し続けたかどうかは
わかりませんが、後に裁判沙汰になり、
オニツカ側が和解金を支払っています。

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1971年スウッシュラインの「レザー・コルテッツ」発売。


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1972年初のナイキブランドの「ナイロン・コルテッツ」発売。


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1975年ワッフル・トレーナー発売。と、
その後順調にメジャーな道を歩むナイキでした。

画像は上から MADE IN U.S.A.
ヘリンボーンソールの「レザー・コルテッツ」

トシちゃんカラーのコルテッツはMADE IN JAPAN
フレアソールの「コルテッツⅡ」

その下は、筆記体NIKEの復刻版。
MADE IN INDONESIAワッフル・ソール。

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3足の外観はそれほど変わらないですが、
ソールのディテールはかなり違います。

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そして、最後は比較のためネット上から探した
オニツカ・コルテッツの原型とされるらしい
マラップナイロンSP。

まぁ過去に色々あった、
因縁のナイキとオニツカ(アシックス)ですが、
テニスのフィールドでは今年もガチンコ勝負で頼みます。


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