ドーナツを食べ終われば、輪も穴もなくなります。
ある、サラダやチョコレートをうたった歌人の息子さんが、ガムテープのガムとテープの分離に挑戦しているという文章を見た記憶があります。
しかし、ドーナツの輪と穴の分離という課題は、歌人の子息の挑戦より大変です。輪だけのドーナツ、穴だけのドーナツ、穴だけを食べたい、輪を食べても穴は残したい。これは片思いの恋愛にも似て、胸を痛めるだけの、かなわぬ想いかもしれません。
さて、ドーナツの穴、竹輪の穴、こういうものはなんなのか。
①一見、たんなる空間(など)であるが、周囲の物質との関連で生ずる。例えば、洞穴の空間。湾、湖水などの水塊。半島、島嶼などの土地。
②製造上の事情による造形。ドーナツは穴をあけることにより、揚げるときの熱の伝導性が向上し、早く確実においしく揚がると思われる。しかし、穴の部分を再度整形しても、最後に残った材料は穴をあけずに揚げるが、味は同じでも満足感は穴の有無によって、慣れもあると思うがやはり差があるのではないか。
竹輪。基本的に蒲鉾と似たようなものであるが、棒の周囲に材料を塗布して整形し焼成したのが、一般的な焼竹輪である。
ああいう形の生物が海にいて、穴に棒を差し込んで捕獲して焼成するというのは、私の親のいたずらであって、成人してから大きく恥をかいたのも楽しい思い出である。
付言すれば、山村育ちの友人が、「スルメは丸いイカを半分に切って乾燥させたものだよね」と確かめてきたので、「俺に言ったからいいけど、そんなことは恥をかくから他人にはいうな。二つに切ったら足は五本しかないはずだよね。スルメ干しの原料は、イカの近種でああいうふうにビラビラひらいた種類がいるんだよ」というと、その場では計数的に納得してしまい、のちに輪をかけた大恥をかかせてしまったのは私の責任です。
さて、本題に戻り、ドーナツの輪と穴です。
ドーナツの穴だけ食べる方法というのを思いつきました。
ドーナツを内側から、輪を破る限界まで食べていくというやり方です。
うーん。輪を食べているだけなのか。穴を食べるといっても、穴は大きくなっているではないか。迷いは残りますが、ドーナツの輪と穴の可変性について着想をえたので、ひまがあったら再度遊んでみたいと思います。