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 トラクターは今日でこそありふれていますが、これはそう古くからではありません。72歳の私の記憶でも、牛馬で田畑を耕し、ついで歩行型トラクター(耕運機)、そして乗用トラクターと、50年くらいの間に大きく変化しました。私が初めて乗用トラクターを運転してみたのは、19か20歳のとき農場実習で、日本に2台輸入されたというイギリス製のものに乗ったことでした。まだ、国産化されていませんでした。
 トラクターは農業機械化の象徴とされ憧れをよぶ一方、過剰投資・機械化貧乏の弊害がつきまとってきました。
 この本は「世界史」というだけあって、このトラクターの光と影を、いろいろな国に即して考えています。
 多くの場合、共通しているのは、機械化と家畜との別れという葛藤です。何千年もの歴史を持つ家畜への愛着というメンタルな面だけでなく、家畜のし尿を利用した施肥体系から、化学肥料の購入利用への転換でもありました。
 機械化は、畜耕のわずらわしさからは解放され、燃料があれば思うだけ動かせますが、故障と修理は遠隔地では大きな問題でした。また、機械、肥料、燃料などの購入は、商品生産としての農業経営の深化を進めます。
 アメリカでは1931年から1939年にかけて、過剰生産による農産物価格の低下から、悪条件の所からの耕作放棄がおこりました。アメリカ中部の大平原地帯では、トラクターの転圧などにより土壌の団粒構造が失われ、耕作放棄地からの大砂塵の発生という大規模な土壌浸食(ダストボウル)が引き起こされました。
 スタインベックの小説『怒りのぶどう』も、トラクターへの小農民の厳しいまなざしを鋭く描いています。
 これらは時期的に世界的大恐慌と重なり、農業の危機と大恐慌の関連性も指摘されています。

 トラクターを農業機械化のシンボルとして活用しようとしたものには、ナチスも、スターリンも、毛沢東もいました。スターリンの場合は、農業「集団化」のテコとしてMTC(機械・トラクター・ステーション。英語表記ではMTS)に機械とオペレーターを配置し、農民や農場には持たせず利用料を現物徴収し、MTCを農業農民支配・収奪の手段にしました。
 著者は目配りが広く、プロレタリア女性作家の中本たか子から、ベトナムの小説まで紹介し、トラクター、農業の機械化について、縦横に論じています。このベトナムの小説『ある娘』は、世界革命文学選の一冊『西北地方物語』に収録されており、読んでみることができました。
 さて、トラクターの騒音・振動と人身事故の危険についても言及していて、日本でも北海道を中心に発生しており、1988年には40件の死亡事故があったと述べていることを、最後に紹介しておきます。
 興味深い一冊です。