単に面倒になったのか、それとも教える価値なしと判断されたのかO先生には振られて新たに紹介されたM先生。実はこの先生T市ではとっても有名な方で、数年前にわかったのですが、T氏にはM派とO派(O先生とは別の先生)の2大勢力があるそうで、それぞれが敵対しているとのこと。先日都内の楽器店でストアライブされていた方(CDも出しています。)はなんとT市出身でM先生門下でありました。

 M先生ですが、実は目がご不自由で完全に見えないわけではないものの、かなり不自由とのこと。ただ腕は抜群である方に言わせれば、「目が不自由でなければシャチホコフィルくらいだったらコンマスだよ。」とのこと。

 レッスンは約30分くらいで3000円でした。教本はセビシックのあの右手の教本。目が不自由なので最初の右手や左手の形の確認は先生が手で触って確認します。後は音を聴いて、色々な指導をされました。確かに音は抜群にいい先生で、芯の詰まったピーンとした音だったと記憶しています。

 ただこのあたりからレッスン熱は冷めていき、3回くらい通ったところでこの先生のところには行かなくなりました。バイオリンをやめたわけではなく、オケ活動ばかりとなりました。


 このM先生から4人目のMK先生に再度習い始めたのは、なんと14年後です。

 高専を卒業しH市からA県T市へ。

 H市での5年間で少しはオケでも弾ける様になっていきました。H市のオケでは、始めの3年はセカンドで、篠崎の4巻半ば当たりにきた後半2年はファーストでした。

 そんな感じで、大学に編入したのも学生オケでバリバリ弾きたいと言うのが本当の?目的でした。

 だが自分の学校にはオケなし。入学式の翌日にはN市のとある大学オケのサークルに入っていました。驚いたのは経験者の少なさ!自然と重宝されました。またそのときの話は別の機会に。

 2人目の先生はそのオケの弦トレーナーでした。最初弦トレの時の音の良さにびっくり。即この人に習おうと思い、先輩を通じてお願いをすると快諾。しかも実家がT市で時々帰るのその時にレッスンをするということに。

 O先生は、N音大卒業後、シャチホコフィル(仮名)のセカンドのトップをされている方です。レッスンは約30分で3000円、教本は私から特に指定はしなかったのですが、セビシックの右手の練習用の教本。この教本、知っている人はあれかと思うでしょうが、実につまらないんです。セビシックの教本はどれもテーマが決まっていて、それに関して集中的に練習するタイプの教本。つまらないけどあの教本がすらすら弾けたら、右手のテクニックは完璧でしょうね。

 レッスンは約月に1回くらいのペースだったと記憶してます。半年くらいたったところで、先生もN市からわざわざ来るのが面倒になったと思います。 時々、「君のレッスンのために外山先生との演奏会の打上げをキャンセルしてきたのに全然弾けていないね。」なーんていうイヤミも言われながらでした。

 そうしたらO先生から、自分の師匠だったM先生を紹介するからその先生に習いなさいということで、O先生とのレッスンは終わりました。

 今当時のことを思い出そうとしてますが、特徴的な指導は無かったように記憶してます。

 高専に入って、初めて先生に習いました。高専は5年制なので勉強のほかに何か5年で物になればということもあり始めました。

 正確に言うと、最初に始めたときも先生に付きましたが、いわゆるバイオリンを専門に勉強されて、そしてバイオリンを専門に教えている先生はこれが初めてでした。T先生と呼びます。T先生はS音大を終了後、そのまま大学の副手をやられたり、プロのとある楽団にも在籍していましたが、帰郷されて教室をひらかれた方でした。

 なぜT先生に付いたのか?理由は簡単でT先生しか当時H市で一般人に教えている先生はいなかったからです。(と後でわかった。)

 実は先生を私から探したのではなく、初心者のくせにいきなり、H市のアマオケの門をたたいたところ、初心者ならまず先生に習いなさいと紹介されたのがそのオケのコンミスでもあったT先生でした。

 教本は篠崎の今の2巻(当時は2、3巻が合併していた。)からでした。レッスンは週1回、土曜の午後に30分、レッスン代は当時週1回で3000円でした。実はこれは所属しているオケが団員養成ということで半額を負担してくれる制度があったのでこの金額でした。(篠崎の今の4巻になった時点で4000円になった。)

 夏休みは実家に帰るので休み、練習もレッスンに行く30分前にちょこちょこと弾いていくだけだったので大して進歩もせず、先生に指導されても中々できず(特に右手)、バイオリンは難しいなあと思うばかり。レッスンはスケールをまずやり、その後篠崎のカイザー、そして曲という流れ。典型的なパターンです。(と思います。)

 それでも篠崎が「とりあえず」終わり、クロイツェルの10番あたりまで行ったところで卒業。T先生とのレッスンは終わりました。

 今思えばT先生の指導は極めてオーソドックスで、当時できなかったことも今思えばそのとおりだなあと思うことばかりです。(その後についた先生で突然できるようになる。)

 でもレッスンは厳しかったと記憶してます。当時レッスン場所がダンスホールみたいなところだったので、早めに行くと自分の前の生徒さんのレッスンを見ることになります。とても勉強になるのですが、私の前の生徒さんは良く泣かされていました。それを見ている私もつらかったですが・・・。

 当時習い始めは独身でしたが、途中で結婚して、すぐに生まれたばっかりのお嬢さんも今やT音大を卒業されやはりバイオリン弾き。ホームページを拝見すると今も教室だけでなく精力的に演奏活動されているのですごいと思います。

 もしH市付近に異動になったらまた20数年ぶりに習いたいです。


 バイオリンを本格的に始めてから25年が経ちます。でも決して上手くありません。

 途中ブランクなどありましたが、この5年くらいが最もバイオリンに接していると思います。40を過ぎた今でも下手の横好きを自負しながら定期的に先生について教えを受けています。

 しかし、40を過ぎて本当に記憶力が低下したと実感しています。

 もちろんその場で楽譜に書き込むのですが、それ以外の先生の指導がすぐ忘れてしまいこれでいけないと指導メモを記録する目的でこのブログを始めました。

 バイオリンを今習っている大人のそれも初心者の人にも少しは役に立つかな?そんな感じで書き込んでいきます。

 レッスンは今のところ2週間おきに行っているので、基本的には書き込みはそのタイミングが主かと思いますが、その他にも私のこれまでの先生やオケ経験や楽器についても書いていきます。