この映画『かいじゅうたちのいるところ』(Where the Wild Things Are)の原作は、アメリカの絵本作家 モーリス・センダックの絵本です。
初版は1963年、日本では1975年に出版されました。
世界中で約2000万部売れていて、20世紀最高の絵本とも言われています。
私も大好きで、思い入れもたっぷりあるこの絵本を、『マルコビッチの穴』のスパイク・ジョーンズ監督がどう映画化するのか、楽しみでもあり、少しの不安もありました。
けれど、センダックが製作に関わっているということを知り、安心して観られました。
-以下、ネタバレがあります。ご注意下さい-
どうしても、原作と較べながら観てしまったので、感想も、そうなってしまいますが…
キャラクターデザインは、かなり絵本に忠実に作られていました。
しかし、映画のストーリーは、絵本とは違い、だいぶ現代的に、シリアスになっていました。
原作の絵本に説明の無かった部分が、かなり膨らまされています。
絵本の中では、主人公のマックスは、無邪気でやんちゃな男の子。母親は声の登場のみで、家族の姿も出てきません。
対して、映画のマックスは、両親が離婚して、理解者だった父親と離れて暮らしています。
母親も姉も、新しい恋人や友人との世界を構築するのに忙しく、以前のようにマックスを相手にしてはくれません。
さらに、学校で先生が言うには、「太陽はいつか消失する」…
自分をいつまでも暖かく包み込んでくれると信じていたものが、そうではないと知った時、マックスに芽生えた破壊衝動。
大人の勝手さや、現実が見えはじめた年頃の子供の行き場がない気持ちが、丁寧に描かれています。
絵本の中で1番好きなシーン、子供部屋の中に木が生えてきて、いつのまにか海になるところ。
ここはだいぶ違っていて、叱られたマックスが家を飛び出して、公園から水辺に迷い込むという設定になっていました。
どんな風に演出するか、楽しみにしていたのだけど、例えば部屋が森になるところをCGにしたら、逆に興ざめだったから、そうしないほうが、この映画に合っていたかも。
夜の街を疾走する映像が、マックスの行き場のない気持ちを表していたと思います。
絵本のかいじゅうには台詞がないけれど、映画のかいじゅうは、とても人間に近い性格づけがされています。表情も、とても豊か。
マックスの心を投影したような、かいじゅうのリーダー格、キャロルは、マックスが辿り着いた時、せっかく作ったみんなの家を破壊していました。
そんなキャロルと一緒に、家を破壊し始めるマックス。
キャロルは、女友達のKWが新しい友達を作って離れていくことに、寂しさと苛立ちを感じていたのです。
似た境遇のキャロルとマックスは、たちまち心を通わせます。
マックスが王と名乗り、「かいじゅうおどりをはじめよう!」というところは、絵本と同じで、ワクワクしました。
着ぐるみ姿で、軽々と宙返りジャンプしたり、砂丘を転がったり。
どすんどすんと折り重なって眠るところは、かなりステキ。
キャロルはマックスに、みんなには秘密の、自分が作った箱庭を見せてくれます。
そこには、かいじゅうたちが仲良く暮らす、理想の世界がありました。キャロルと寄り添う、KWのフィギュアも。
そんな世界を、かいじゅうたちは、取り戻せるのでしょうか。
かいじゅうたちとのお別れのシーンと、絵本にはない、お母さんとのラストシーンは、胸が熱くなります。マックスの心の成長の物語として捉えることも出来るでしょう。
この映画、賛否分かれているようで、入り込めなかったという人もいるようです。
絵本とは全く別ものだったけど、私には、とても愛しく、心に残る映画でした。