平成8年に母が大腸がんで手術をしま
した。
開腹してみたら、癌が大腸の外に出て
いて、完全に除去できませんでした。
母には癌だとは言えず隠しました。
平成9年の6月、転移が進行し入院する
ことになりました。
私が仕事で看病できないので、妻が
長男(当時2歳)と九州の彼女の実家
に移住して看病してくれました。
長女(当時6歳)の面倒を見るため、
妻の両親に神奈川まで来てもらいま
した。
9月7日にいよいよ危ないと連絡が
あったので、車で義父母と娘をつれて
急行しました。
東名秦野から福岡の門司港まで、1度
給油と食事で止まりましたが、休み
はそれだけで、1000キロを11時間で
走り、朝4時ごろに病院に着きました。
ナースステーションのモニタで母の
心電図を見ると、三角波になっていま
した。
でも人間って、そんなに簡単には死な
ないんですよ。
それで妻だけ病院に残して、みんなを
妻の実家に連れていき、私はシャワー
を浴びていた時に、死にましたと連絡
が入りました。
ここまで来ていて、死に目に会えない
のは、親不孝をしてきた罰です。