こんにちは。しじまです。
一番初めに書く記事なので何について書こうかと悩みましたが、今回はタイトルの通り『子供(僕)にとっての理想の親』について机上で論じていこうと思います。
やはり、これから先で具体的な話をする前に、全体的な前提となる考えを最初に知っておいてもらうのが一番理解がしやすいと思うので、まずは"僕にとっての理想の親"とはどのようなものなのかを話していきます。
早速ですが、こちらの画像をご覧ください。
引用文献:「エリクソンは語るーアイデンティティの心理学」 R.I.エヴァンズ/著 新曜社
この画像は人間の各発達段階とその時期に伴う主な心理的特徴を示しています。
この時期の中で育児に関わるのは乳児期〜青年期まででしょう。
僕は特に"赤ちゃんの上手な育て方"や"頭が良くなる玩具"について語る気はないので、このブログにおける子育て論の中心は幼児期後期〜青年期(3歳〜22歳)となります。
この記事で語る主な内容は、全体を通して"親にどのように関わってほしかったか"という話です。
それでは本題へ入りましょう。
これはとてもありがたいことですが、僕は母親から割と大切に育てられてきました。
26歳となった今でも母は僕のことが大好きですし、生活に関わってこようとしています。
親とはそういうもんだと母は言っていました。
それはそうでしょう。
腹を痛めて産み、金をかけ時間をかけ労力をかけて育てている子供を大切だと思うのは当たり前です。子供を可愛いと感じるのは本能でもあるでしょう。
しかし、それは親から見た子供の話です。
子供から見た親はまた別ものなのです。
勿論、親が苦労して産み育ててくれていることに感謝をしている子供も少なくはないでしょう。
ですがそれはあくまでも"他人"の痛み・お金・時間・労力です。知識として頭にあっても、実感があるわけではありません。
故に、子供に対して「こんなに苦労して育てているのに」という共感は得られるはずもないのです。子供には親を可愛いと思う本能もありません。
"育てる"という行為は、あくまでも子供に対して親が勝手に行なっているに過ぎないのです。
子供から見ると何か知らんけど、親が勝手に育ててくれているというのが正しい見方となります。
"育てる"ことの難しさは全てこの一方向性に集約していると思います。
子供は自分をどんな風に育ててほしいとは言いません。だからこそ、それぞれの親が考えて"育てる"必要があるわけです。
しかし、"どんな風に育てるか"を考えるといっても参考にできるのは自分と伴侶の人生しかありません。だから貴方はその助けを子育ての本やネットに求めている。
自分でブログを書いておいてこんなことを言うのもおかしい話ですが、それは正しい選択だとは思いません。
何故なら、僕の記事を含め、多くの本やネットに書いてあるのは"手段"に過ぎないからです。
手段とは何か目的があるときに、それを成し遂げるための方法のことです。
例えば"1流大学に入れるためには"とか"上手な叱り方"とか。
これら手段の前提には目的が必要です。
例えに出した"1流大学に入るには"という手段における目的は勿論"1流大学に入ること"になるわけですが、ではそもそも"1流大学に入ること"は人生における目的となり得るでしょうか?
つまり、勉強することも大学に行くことも"手段"の一つでしかなく、"何を目指すために"が無いとその先で迷うハメになります。
では、目的とは何か。"何を目指すために"はどこで決まるのか。それが先述した子供を"どんな風に育てるのか"という言葉に繋がります。
簡単に言えばこういうことです。
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子供には安定した生活を送ってほしい
↓
安定した生活を送るには安定した職についてほしい
↓
安定した職につくために1流大学に入ってほしい
↓
1流大学に行くために勉強してほしい
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この例においては"勉強する"、"1流大学に入る"、"安定した職につく"が手段で"安定した生活を送る"が目的となります。
上記はありがちな話だと思いますが、"とりあえず良い大学に入ってほしい"くらいにしか考えていない人もいるのではないでしょうか。
正直それで良いとも思います。
大学に入れば色々選択肢も出てきて、子供が自ら行く道を選びますし、親が口出しすべきではないという考えもあるでしょう。
僕も実際に何をしたいかは考えずただ勉強をして旧帝大に入ることができましたが、就活の時期になってようやく自分の人生について考えるようになりました。
しかし、やはり社会人になると、もっと若いときから将来について考えておけば良かった、と悔やんでしまうのは貴方にも心当たりがあると思います。
子供側からワガママを言わせてもらうならば、親からもっと将来について教えてもらいたかったというのが本音です。
ですが、"安定した職についてほしい"という親側の目的が、貴方の子供とすり合わなかった時はもっと大変なことになります。
進路について喧嘩したり、子供の仕事について口を出したり、一番最悪なパターンは"安定した職"についたはいいけど貴方の子供に合わなかった場合。それで本当に幸せな人生が送れるとは思いません。
こういったことが起こらないようにするため、子育てにおいて"どんな風に育てるのか"は常に考えておいてほしいというのが僕のワガママです。
それが分からないからこうやってブログ見てるんだろ!!
と、思っている人もいるかもしれませんが、残念ながら、いくら本やネットを漁ろうと正解なんて見つかりっこありません。
何故なら、そもそも人生に正解なんてものが無いからです。
最初の方に僕は育児は一方通行だ。
と言いましたが、それは半分間違いです。
確かに子供が理解していない部分を親が勝手に決めてしまう側面もありますが、子供が自分で決めた方が良いこともあります。
僕は、本当は親に"どんな風に育てるのか"を勝手に決めて育てるのではなく、僕が何を望んで、どんな人生を歩んで行きたいのか、一緒に話をして"どんな風に育ちたいのか"を見つける手助けをしてほしかった。
その上で、何をすればいいのか、決めたかった。
子供は"貴方の子供"である前に"一人の人間"です。
これを常に忘れず、どこまで踏み込むべきかの線引きを見極め、"一人の他人"として、褒めたり叱ったり対話したりしてくれるのが僕にとっての理想の親でした。
要は"育てる"という言葉そのものの否定です。
子供としては"育てられる"よりも"一緒に育つ"方が幸せにつながる。というのが僕の机上論です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
とても難しいことを書いているという自覚はあります。ですが、この記事を読んだ貴方は、読む前の貴方よりは少し視点が変わったのではないでしょうか。
自分と他人の線引きをしっかりすることは子育てだけでなく、他の人との付き合いにも大切なことです。他人の領域のどこまで踏み込むべきか、常に気をつけておくと自分のストレスも減りますよ♪
今回は長くなってしまい人間の各時期においての話に触れることが出来ませんでしたので、次回は上で述べた"線引き"について各時期でどこに線を引いてほしかったか、という話をしようと思います。
それでは、貴方と貴方の子供が少しでも幸せになりますように。
