スガオのイカグラフ -4ページ目

津軽の冬神。

 
 
 
 
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2012.1.31    弘南鉄道 大鰐線  鯖石~宿川原
 
 
 
豪快に雪を跳ね飛ばしながら進むラッセル車。
 
 
 
ここは青森、弘南鉄道大鰐線。
 
キ105(昭和12年製)ラッセル車と、後押しを担うED221(昭和2年製)電気機関車が冬の津軽の鉄路を守る。
 
 
文化財級の古典車両がこうして第一線で活躍する姿を目の当たりにし、凍てつく寒さも忘れ胸を熱くした。
 
 

帰ってきた伊豆急100系! 撮影編その1

 
 
 
 
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青い海をバックに走る姿は、100系にとって一番似合うステージ。
 
ハワイアンブルーの車体色が太平洋に溶け込んでいました。
 
 
2012.01.04   伊豆急行線  片瀬白田~伊豆稲取
 
 
 
 
 
 
 
年末年始をかけての勤務を経て、1月4日からの束の間の正月休みは一泊で伊豆に行ってきました。
 
目的は10年ぶりの復活を果たした伊豆急行100系電車。
 
撮って、乗って、再び本線上を走る100系の姿に感動の二日間でした。
 
 

あの日、あの時・・・。

すっかり更新をサボっているうちに、今年もあと一日を残すだけになってしまいました。
 
実は最近、目に疲れを感じやすく、しばらくPCから離れてみたのですが、状況はあまり改善しないのでどうやら老化現象が原因のようです(苦笑)
 
 
 
 
さて、今年誰もが記憶に残る出来事といえば、やはり3月11日に起きたあの大震災だと思います。
 
 
あの日の忘れもしない14時46分、僕は午後からの出勤でターミナル駅から折り返しのバス停まで最初の運行を終え、トイレに行こうと運転席からステップに立った時に大きな揺れを感じました。
 
最初は目眩なのかと思いましたが、地響きのような大きな音で地震だと気付きました。
 
その後は運転していても判るような余震がある度にバスを停車させながら、ようやくターミナル駅近くに戻ると、ビルから非難した人達、鉄道が止まって駅から出てきた人達でごった返し、おまけに運行を取り止めた某公営バスが所構わず停車しているため駅前ロータリーまで辿り着くのに大変な思いをしました。
 
乗せきれないほどの乗客、夕方からはほとんど動かない道路、余震の恐怖・・・そんな中で深夜まで走り続け、東北があんな悲痛な状況になっているのを知ったのは夜中になってからでした。
 
「この国はこの先どうなってしまうのだろう・・・」
あの時は本当にそんな思いがしました。
 
 
 
 
 
以前にも記事にしましたが、あの3.11の前日まで僕は磐越西線を走る583系を撮りに福島県にいました。
 
快速「あいづライナー」の代走を努める583系もこれが最後の噂で (実際にはこの後にも代走を努めましたが・・・) 、沿線では撮影者も結構いました。
 
 
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この撮影場所では仙台から来られた方とご一緒させて頂き、列車が来るまでの間は”鉄”談義に花を咲かせていました。
 
撮影を終えるといつものように「お疲れ様でした~!」とそれぞれの地元に戻ったのですが、仙台に戻った彼は次の日に僕以上に恐怖と不憫な生活を強いられたのは間違いなく、それを思うと僕はとてもいたたまれない気持ちになるのでした。
 
 
 
 
 
そしてもう一枚。
 
583系が走る姿は僕にとっては非日常的な世界ですが、自由席であれば普通乗車券や定期券で利用する事が出来る快速「あいづライナー」は地元の利用者にとって見ればごく当たり前の日常的な世界なのでしょう。
 
そんなシーンが撮りたくて、福島を離れる最後の一枚は磐梯熱海駅で構えることにしました。
 
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583系のドアが開くと制服姿の高校生が降立ち、思惑通りの日常的なシーンを撮る事ができました。
 
会津地方では幸いにもそれほど大きな被害は出ませんでしたが、同じ県内で大きな被害を受けた浜通り地方でもこのような光景がこの日までは見られたことでしょう・・・。
 
撮影日  2011.3.10 
 
 
 
 
実はあともう一日休みが取れたら、常磐線を走るED75牽引の貨物列車を撮りに行こうかと思っていました。
 
もしあの時休みが取れていたら・・・、そして相馬のあたりに行ってたら・・・。
 
そう考える度に今回の大震災の教訓を考えさせられる思いです。
 
来年こそはこんな悲しい出来事がないことを祈り、改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
 
 
 
 
最後に皆様のところに訪問、コメント出来ずゴメンなさい。
 
大晦日から新年2日までは仕事ですので、来年からはポツポツ再開しようかと今のところ思っています。
 
 
それでは良いお年を~!!