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私にとって貴重な体験でした。


それは私という人間が生きていくこれたのは

いろんな命の上にあるが実感できたから。



今まで‘つながり”といえば

家族というものが私の中にはとても大きくあった。

ただ、それが今まで書いてきたような形になって

つながりというものが私の中でかんじれなくなった。

ホントはたくさんあったと思うんだけど、

つながりを目の前にしても私は逃げていたと思うんです。

手を差し伸べてくれても、自分は手を出せなかった。



それはやはり強く恐れがあったから。

自分はそんな価値がないと思った。



でも、そんな私ですらつながりがあったんだと分かったから。



命のつながり



悩みいいかげんに生きてきた私ですら、

多くの命に支えられ生きている。



自然とのつながり



食べ物の命を育んでいる自然の中にいる。





毎日の食事は

様々な命との私の命をつなぎ合わせている行為。

命のバトンを受け取っている時間。



それは今まで思っていた人間関係のつながりではなく

生命としてのつながり

今まで感じてこれなかった 大切なつながり。





それは生きている限りつづく。

元気な人も病んでいる人も。

どんな人も生きている限り

つながっているんです。

いろんな命と。

自然と。







高校生の頃


時間は少し遡るけど

一緒に住んでいた祖父が亡くなってね。

うちの中では大黒柱のような人だったから

みんなショック受けてた。



ガンだったんだけど、

私のアトピーのことも心配してくれていて、

『なんとかせんといけんなぁー。』

自分も苦しいのに、そんな風に言ってくれて

とてもうれしかったのを覚えてる。



ずっと一緒に住んでたし、

釣りとか工作と色んな事を教えてくれた人で

厳しかったけど、いつも応援してくれてから。

ありがたかった。


やっぱり亡くなった時は涙が止まらんかった。






それからしばらくして、弟が精神的に不安定になって

家族に対して、今までにないように暴言をいったりしてね。



思春期の反抗期なんかなって初めは思ってた。

話を聞こうと思っても、しゃべってくれなくて。

私も自分の事で一杯一杯の頃だったから

『みんな苦しくても、やってんやで!』

『ちゃんとやろうや!』

一方的にそんな事しか言えなかった。

情けないないけど、私の器は広くなかった。



自分にはちゃんと関われる余裕がなかったから

そういう役割を母親に期待していた。



でも、うまく行っていない様だった。


それから、両親が言い合いが多くなっていき


台所で大きな物音がするようになった。






それから、私も弟にちゃんと話を聞きに行こうとしたけど

『うるせぇ!!』って


怒鳴られだけ。


自分の部屋に帰ろうとしてたら

階段の天井が高く見えてね。

弟との距離がもう手の届かないところにあるんだって

思えた。

どんよりと重い物が心に広がっていった。





そんな状況が続きながら

私は大学受験を目前にしていた。




アトピーがあったり

勉強のストレスで自分の中は一杯一杯。

その上、家庭の中で、暴言が飛び交ってて

外からのストレスも加わり、精神的にきていた。



今思うと、私が幼かったかもしれない。

そこで、自分の事だけに集中できればよかったのに、

その時の私にはそんな物事を整理する術は知らなかった。


だから、

親に対して

弟の事とか

自分の事とか

もう少し真剣に考えてほしいって

そんな事を期待していた。



どうにかして今の家庭の状態をいいようにしてほしい。

少しでも環境を整えてほしい。



やらないといけない焦りから

自分でもどうにもならない部分を

親に頼るしかなかった。



でも、同じような状況が繰り返されていた。



ある時、私もも我慢できなくなって

言い合いをしてる両親に言いにいったんだ。




受験勉強しとんや!

静かにしてくれ!




でも、聞いてもらえなかった。

怒鳴り声は続いた。






自分の部屋に帰って

耳を塞いで、

うずくまっていた。



なんで、何も話を聞いてくれないんや!

なんやねん!

家族って何!!



喧嘩の怒鳴り声だけではなかった。

それまでの色んな思いの蓄積が

ド―っとせきを切って流れ込んでくる。





自分の中にあった線が

ギュ―っと引っ張れ

プツンと

切れた。




何かが自分の中で壊れた瞬間だった。





もう・・どうでも・・・いいわ・・




それから何もする気がしなくなった。












家族ってね。

その時、自分の中で

最後の柱だったんだ。



好きなこととかどんどん出来なくなって

(サッカーとか、友人と話すこととか)

自分の中でストレスが抜けなくなって

自分を支える柱がどんどん細くなっていった。



自分自身も思うように出来ないことが続いたから

自分に対しても自信を持てなくなっていたんだ。

これからの事でも、ほんまにこの方向でいいのか?って

今の自分はできるような状態じゃない。自信が持てなかった。

焦りばかりがつのり、冷静さに欠けていたと思う。






そんな時に支えていたのが一つの思いだった。


家族のためにがんばらないと!!





親が働いている背中を見てたから。

おれらの為にしてくれているって思ってたから。

だから、おれもがんばらないと!ちゃんとしなきゃ!!




それが自分を支えてた。

最後に支えてた。










でも、目前のの家族の状態を見ていて

同じ方向を向いていないんだなって思うようになり

力が抜けていった。







それで、何かが自分の中で壊れた。






冷静に考えれたら、色んな選択肢があったのかもしれない。

でも、その時の私は余裕がなかった。

目の前の事しか見えてなかったんだ。



『静かにしてくれ!』

という私の願望に答えてほしかった。

もう 静けさ だけがほしかった。
それからの私は何もする気になれませんでした。

何も手につかず、

何かをしようと思っても全く頭に入ってこなかった。


エネルギーがない状態。



湿疹があっても、スキンケアさえしようとも思わない。

痒いと思うと掻くだけで、身体のことを大事にできていない。





心の中がぐちゃぐちゃな状態は続いた。

表面的には何かをしているようでも

心の奥底では嵐のように荒れていた。



『どうせ自分は駄目なんだ。』


風呂に入っている時、

寝る前 

起きた時

意識が遠くなってくると

マイナスの言葉を自分自身に投げかけている。

強烈な自己否定を無意識にしている状態。



自分を大事に出来ない。

自分を信じていないのだ。





一つの目標に向かってずっとやってきたのに

それが形にならないでいる事。

家族の中で、自分を認められなかった事。

様々な事が一度におきて、現実が受け止めれなくて

引きずった思いとの間で苦しんでいたんだと思う。



それが執着となって、自分に付きまとうようになる。

それは不安と怖れを引き付けて、どんどん大きくなってく。

負の連鎖。



なんとかしようと思っても何をしていいのか術が分からなくなっていた。

何かをしようとしても、それは今までの考えの延長戦上であり

満たされない思いは自分や家族に向いていた。




目の前の現実となっている問題をどうにしよう。

私が健康面でちゃんとできるようになれば、なんとかなる。

見えているのは外側のことばかり。








頭 と こころ が 分断されていたのだと思う。


頭とこころがつながっていない状態。




こころはショックのあまり 固まってしまっている。

身体もエネルギーがない!


頭の思考だけ フル回転していて、

過去の後悔 未来への不安に振り回されて

オーバーヒートしている状態。


こころから発せられる 『 欲求 』ではなくて

頭の 『 欲望 』 ばかりがグルグル渦巻いていた。