食事をした時、

食べ物を噛んで飲み込んだら体内に入った。

と思っていましたが、実際は違うみたいです。



胃の中に入っても、腸の中に入っても

体内に入ったとは言わないらしい。

じゃ、どこで分かれるのかというと

それは小腸粘膜を通過した時なんです。



だから、胃液とか消化液の事を『外分泌』と呼ぶらしい。

内分泌は主にホルモンで、副腎皮質ホルモンもこれにあたります。


口から入って、胃、小腸などの一連の管の中は体内にありながら

カラダの外になるんです。

へぇ~!!ですよね。


よく腸内環境が大事とか言われていますが、

小腸粘膜も内なる皮膚であり

ひっくり返すと、それがお肌の状態を

そのまま示しているからかもしれません。



詳しく見ると、小腸粘膜は『網の目』になっているらしく

そこを通過して体内に入ります。

たんぱく質などは胃で分解されて、アミノ酸という小さな塊になり

通過して吸収されます。



アトピーの人の場合、この胃酸の出が少ないらしいです。

そのため、たんぱく質が分解されないまま

小腸まで大きい塊のまま来てしまいます。

そして、アトピーの人は腸内粘膜も弱く網の目が破れている所が多いので

腸の網の目をたんぱく質のまま、通過してしまいます。

(網戸が破れて 蚊が入ってくるような感じです。)

すると、これが『異種タンパク』となり、

アレルギー反応を起こしてしまうそうです。



アトピーやアレルギーがある人には

腸内環境を整えようとよく言われていますが、

その中の一つに腸内粘膜を整える事も含まれると思います。



その為にもよく噛んで食べる事

おいしく食べる事により、消化液が分泌されて

食べ物が分解されやすい状態にすることが大切なんだと思います。

ただ、食べるのではなくて

どんなふうに食べるのかも大事なことなんですね。








 



私は小さい頃からアトピーがありました。

ただ、その頃は一時的なもので

夏に汗をかくと、膝裏とか肘の内側に出たり、

ペットを触ったら少しかゆくなる程度でした。



私が本当にアトピーで悩み始めてのは中学生の頃。

身体の成長期が終わりかけていた頃から。

前回書いたとおり

たぶん、過剰な食事の量と、過度な運動が原因で

身体のバランスを崩していったのだと思います。

でも、なぜそこまで一生懸命にしていたのかと

考えていくと、心の部分も大きく影響しているように思います。



その頃の状況を振り返ってみると

部活では上の学年がいなくなり、

自分たちが引っ張っていく立場になりました。

それまで、ただ楽しんでやっていたのが

結果や評価を

気にするようになってきていた時期。

家でも、学校でも

やらなくちゃ! って妙に意識していたように思います。

身体に力が入っているような感覚でした。



その背景には

出来ないといけない。

という思い込みがあったように思います。

出来ない事がプレッシャー。

自分をありのまま認められなかった。



考えてみると、

小さい頃 

親に口やかましく言われた経験

幼児期の疎外感



そんなのが怖れとなって

無意識の中で、

認められたいという思いが

強くなったのだと思います。

そんな深い心情が

部活にしても、勉強にしても

もっと上を目指して、

結果的に

過度に体を酷使していたように思います。


自分で、自分に『いいよ!』といえなくて

何かが出来きて 初めて OKが出せる。

何か目に見える『 形 』や『 結果 』で

自分を安心させていたのかもしれません。




サッカーをやりたいって気持ちは

ずっとあったんですよ。

(心で感じてた)

でも、そこから

だったら、こうしないといけないとか

これが出来ないといけない

(頭で考えている部分)

が足されることで気持ちが重たくなったのかも。



今考えると

気持ちの部分と頭で考えている部分を

分けて考えれたらよかったのに! って思ってしまう。

もっと気持ちの部分を大事にしていれば・・・。


特に身体の調子に悪い時なんかは

あれもこれもせずに

出来ることを丁寧にしていれば・・・・。



反省を込めて今ならそんなふうに思います。



でも、当時は出来ないことに焦るばかりで

『なんでやねん(怒)』

って思うばかりでした。
自らを分けて自分。

本来は

他人という集団の中から、私という『自』を分けて 自分。

または

『自』然という大きな生命体から 分かれた小さな生命体が 自分。


そんな意味だと思います。

(武田鉄也さんみたいですね(笑))



ここからは私なりの解釈なんですけど、

今まで自分と思っていた一人の存在は、本当は一人ではなかった

ということなんです。

私という『自』を分けてみると、そこにはいろんなつながりがあったんです。

私という存在の中に こころ と カラダ がいます。


何を当たり前のことを・・と思われるかもしれません。

私もそうでした。

私という存在の一部

こころであり、カラダだと思っていました。


でも、ちょっと意識を変えてみると、

私と思っている意識(マインド)と こころ と カラダは

それぞれ別の存在のかもしれません。



カラダはいつも私という存在を支えてくれています。

こころはひらめきを通じていつも教えてくれています。

カラダにはカラダの役割があり、

こころにこころの役割がある。

それらとつながって 私という意識は存在しています。




私という人間は一人の存在だけではない!!

そう考えるようになって私は変われたと思います。



『自分なんて・・・・』

言葉にはしないけどそんな気持ちがありました。

でも、

私の中には他の存在もいる と思ってから

カラダのために こころのために がんばってみよう!!

と思うようになりました。



孤独感を感じる時もあります。

でも、ちょっと意識を変えてみると

自分の中にほかの存在がいます。

私という人間は一人だけの存在じゃないんです。

『ひとりじゃない!!』

そう思うと、自然とチカラが湧いてきます。