2019年も終わるので例の如く振り返ります。
今年は何と言っても今後の人生を左右する来年度の就活が一大イベントでした。
就活応募のシーズンは、運に完全に見放され、思うような手札で就活に臨めず、毎晩眠りも浅くなり、胃炎も再発して散々でした。
幸い、蓋を開けてみれば、コネと許容範囲の実力が功を奏し第一志望のタフツ大学の循環器内科に就職が決まりました。
結果発表のメールを見たときは驚きと喜びで院内の誰も来ないところで涙してました。
今回の就活は長く険しいものでした。人間として成長したと思います。ただがむしゃらに頑張ることを言い訳にしてはいけないと痛感しました。
表現が適切か分かりませんが、海外出身の循環器内科の候補者はいわゆる各国のスーパーハイスペックな天才たちでした。
ここまでいくと小さな島国の私立の一般ぴーぽーのわたしが頭脳オンリーで戦うと非常に分が悪いわけです。
そこでただ頑張ることを早々に放棄して、同じ土俵で勝負するのをやめて、桂馬的なトリッキーな動きをすることにしました。大事なところで金になれれば良いのです。
具体的にやったことは2つ。
まずは「明確なゴール設定」。
将来のゴールを明確に定めて、それに向けて自分の今までやってきたこと、これからやっていくことが一本の線でピシッと繋がるようにしました。
循環器集中治療で血行動態の基礎研究がしたいというゴールを掲げ、それに向けてラボに所属したり学会発表などもしました。
就活で重要視される論文掲載数などは天才たちの足元にも及びませんでしたが、彼らが呼ばれない世界的な病院からも面接のオファーをいただけました。もちろんトータルで面接に呼ばれた数は敵わなかったですが。
この戦略自体諸刃の剣で、面接直後に(ほんとうはいけないですが)オファーをいただけた病院もありましたが、一方で、病院によってはそもそも基礎研究などはやってないから、あなたの望むようなことはできないので別の所に行った方がいいと言われたりもしました。
まぁ、後ろ向きにみればターゲットを絞ったのは良かったとおもいます。
具体的にやったこと2つめは「戦略的なコネ」を作ることです。
日本にいるときはコネという言葉にアレルギーがありましたが、米国に来てから変わりました。蔓延してる勘違いがありますが、米国の医療界は日本よりも圧倒的にコネ社会です。どこどこの医学部出身とかどこどこの先生に師事してるかは採用しよう。そんなレベルです。米国で求められるのは、圧倒的な実力(あればそれでいいですが)よりも、圧倒的なコネと(採用側にとって)許容範囲の実力です。
私の場合、タフツの偉いK先生とラボのツテがあったので、学会に参加する際は必ずラボの先生を介してご挨拶に伺いました。また、ボストンに行った際にはわざわざラボの見学をさせていただきました。その際、わざわざ、タフツのK先生がランチに連れて行ってくれて、非公式な面接をしてくれました。
いつ面接されてもいいようにラボの論文はあらかじめ全部読んで感想が言えるようにしていたので、私が、「先生が2010年にJACCに掲載したあの論文ですが云々」と話すと目を丸くしてました。来たるチャンスに向けて予め準備をしておくことは大切です。
就活は本当に大変でしたが、その分、戦略の建て方や人と人の繋がりの大切さを学びました。今回の就活で茨の道を乗り越える脚力がついた気がします。
これを活かして、次なる舞台ではさらなる飛躍を遂げたいと思います。
残りの内科レジデンシーは周りの応援に恥じぬよう患者に寄り添った心ある医療を展開するとともに、もっともっと勉強して早く一人前の循環器内科になりたいと思います。
来年もよろしくお願いします。