【NYコロナ戦記 その4】「ニューヨーク医療崩壊 倫理的葛藤」 | そうだ、米国で医者やろう~♬

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米国ボストンで循環器内科フェローをしています。心臓集中治療の分野と美味しいご飯処を世界に広めるのが目標です。

注)パンデミック下の医療現場の現実を伝えるために過激な描写があります。あらかじめご了承ください。

 

 

重症患者の診療にあたる様子

 

 

 

「医療従事者の感染リスク」

 

PPE(個人防護具)は完ぺきではありません。首筋とか見ればわかります。隙だらけです。「無課金ユーザーが魔王退治に行くみたいだな」と同僚に言おうと思いましたが、どう英語で表現していいのかよくわからないので心に留めておきました。

 

そんな心許ない装備かつ最低限以下のスタッフで30人の患者が酸素マスクをしっかりと付けているか確認しなければなりません。実際に患者の部屋に入ってみると、予想通り。マスクを完全に外して寝ている方が一定の割合で必ずいました。特に基礎疾患のあるご高齢な方です。

 

高齢な方はせん妄といわれる錯乱状態(厳密には少し違う)に陥って、酸素マスクを外して暴れてしまうことがあります。多くの場合、患者には判断能力がないため、半ば無理やりにでも酸素マスクをつけなければいけないことがあります。この作業は危険を伴います。なぜなら、医療従事者の感染リスクが非常に高いからです。

 

ニューヨーク(NY)市ではコロナ陽性患者の約7-8%が亡くなります(1)。年齢が上がるにつれて亡くなる可能性は高くなり、65歳以上で入院した患者であればおよそ4人に1人が亡くなります(2)。ここまで重篤な病気はみたことありません。

 

医師としては医療の限界を感じます。アビガン含め治験薬で科学的に有効性が証明されている薬はありません。現在も様々な治験薬が試されていますが、少なくとも私たちが使っている薬で効いていると実感が持てるものはありません。軽症な患者が急に悪化して亡くなったかと思えば、重症な人が意外とコロッと治ったりします。

 

医師としては手ごたえがないというのが本音です。誰かがサイコロを投げていて、その出た目をただ見ているだけのような気がします。そして、その出る目は望まないものであることが多いのもまた事実。

 

もし自分が感染したら』と医療従事者であれば誰でも一度は考えます。でも、自分たちが患者にマスクを付けてあげなければ患者は亡くなってしまいます。

 

 

「倫理的決断を迫られて」

 

患者の命」と「自分の感染リスク」。今まで経験したことのない「倫理的葛藤」に襲われました。おそらく、100人に聞いたら100人が自分の感染リスクを最優先にすべきだと主張すると思います、おそらくそれが正しい論理的な帰結なのでしょう。しかし、現場にいると簡単に割り切ることができません。そして、現場の医師はリーダーシップを取って、その場で決断しなければなりません。残念ながら具体的なガイドラインやプロトコールもありません。正解もありません。

 

限られた医療資源の中で医療従事者の感染リスクを確保して患者を最大限救うように努力する。その場にいたスタッフ全員で話し合って、全員が納得する形で答えを出しました。

 

まず、患者が暴れているときに酸素マスクを付けるのは年齢が比較的若い医師二人と数人の看護師が中心に行うことになりました。


比較的若ければ重症化する可能性はありますが、統計的に亡くなる可能性は極めて低いためです。一方、高齢な看護師は感染したときのリスクが高過ぎるため、周りのサポートに周ってもらいました。

 

つぎに、何度試みても暴れてマスクを外してしまう患者の対応です。患者の全身状態や苦痛、医療従事者の感染リスクを総合的に考慮して、場合によっては、ご家族の同意を得たうえで、酸素状態を改善することよりも患者の苦痛を取り除くような治療方針に切り替えることにしました。

 

そして、なによりも重要なのが、入院した際に事前に可能な限り患者や患者家族としっかりと話し合いをして、もしものときのために入念な準備をすることを再確認しました(後述)。

 

勤務後はいつも自分の決断が正しかったのか常に悩まされ、普段は激辛料理も食べてもびくともしない胃袋がこの頃から悲鳴を上げ始めました。

 

(続く)

 

参考文献:

1.         COVID-19 data. NYC Health. https://www1.nyc.gov/site/doh/covid/covid-19-data.page. Last accessed on 5/2/2020.

2.         Richardson S, Hirsch JS, Narasimhan M, Crawford JM, McGinn T, Davidson KW, et al. Presenting Characteristics, Comorbidities, and Outcomes Among 5700 Patients Hospitalized With COVID-19 in the New York City Area. JAMA. 2020 Apr 22.