【NYコロナ戦記 その5】「ニューヨーク医療崩壊 命の選別」 | そうだ、米国で医者やろう~♬

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米国ボストンで循環器内科フェローをしています。心臓集中治療の分野と美味しいご飯処を世界に広めるのが目標です。

「患者の命・医療資源・医療従事者の感染リスク」

 

病棟患者の酸素状態を確認し終えると、新しく入院する患者の診察にあたります。

 

夜間の入院は一日あたり内科全体で10-15人。わたし自身で担当する患者は3-5人でした。殆どの入院は新型コロナウイルス(コロナ)患者でした。ちなみに2週間でコロナ以外の原因で入院された患者はたった1人だけ。

 

普段は診断をつけるまで苦労しますが、どんな症状で来院しても結局はコロナにたどり着くので診断に困ることはありませんでした。しかし、その分、患者の命・医療資源・医療従事者の感染リスクという倫理的葛藤の狭間で常に頭を悩まされました。

 

というのも、コロナは感染力が非常に高いだけでなく、致死率が今まで見たことがないほど高いのです。ニューヨーク市(NY市)ではコロナ入院患者の約4人1人が亡くなります(1)。 酸素化が悪化して、人工呼吸器に繋がれると、約90%が亡くなります(2)。さらに、一旦、心臓が止まってしまえば、胸骨圧迫で蘇生できる可能性は限りなく低くなります(私見)。

 

このような高い致死率とは裏腹に挿管や胸骨圧迫といった手技は医療従事者の感染リスクが非常に高く危険を伴う上に、これらの手技は非常に侵襲性が高いため、患者さんにとっても大きな苦痛を与えます。こんな葛藤にさらにとどめを刺してくるのは医療資源です。

 

パンデミック下では大量の重症コロナ患者が押し寄せます。教科書通りの適応で挿管して人工呼吸器をしようするとすぐに人工呼吸器は枯渇して集中治療室はパンクします。もし人工呼吸器が枯渇したときに、人工呼吸器があれば助かる見込みの高い若い健康な人が入院したら・・・。

 

この最悪のシナリオを回避すべく、裏で支えていたのには医療従事者たちの倫理的葛藤です。実際、当院でも人工呼吸器が絶対的に必要な緊急時になくて挿管できないという状況になりませんでした。

 

しかし、この最悪の状況に陥らないようにするために、医療者が資源を節約するように努めました。例えば、挿管するか微妙なケースはなるべく挿管せずに治療したり、あるいは、挿管しても助かる見込みが限りなく低い患者さんに関しては、医療従事者側から積極的に蘇生に関する話し合いの場を設けたり、場合によっては蘇生行為を勧めないこともありました。いわゆる「インフォームド・アセント Informed Assent」というやつです。

 

「インフォームド・アセント」

 

米国では入院時に必ず蘇生の意思を確認して記載する決まりがあります。通常であれば、病状をわかりやすく説明して患者さんに決定を委ねます。なぜなら、「普通の病気」であればほとんどの場合、回復するし、重症化した場合も回復する可能性は十分に見込めます。

 

しかし、コロナは残念なことに「普通の病気」ではありません。特に、基礎疾患のある方や高齢な方は挿管されてしまうと回復の見込みは非常に低く、侵襲的治療には患者の苦痛が伴います。それに加えて医療資源枯渇や医療従事者の感染のリスクも潜みます。

 

そこで、再注目されたのが「インフォームド・アセント」という概念です(3)

 

医療者側が総合的に判断して、挿管や胸骨圧迫による蘇生などの侵襲的な治療が患者の利益にならないと判断した際にDNR・DNI(Do Not Resuscitate・Do Not Intubate; 心臓マッサージや挿管をしない意思表示)を勧めて、患者に了承を得るという方法です。

 

一般的には馴染みのない概念でしたが、当院の場合、緩和医療科から医師全員に対して、いかにインフォームド・アセントを用いて会話を勧めていくかという指示書が送られてきたので知れ渡りました(4)

 

しかし、ここで疑問が浮かびます。いったい誰が判断して、どの患者にDNR・DNIを勧めるか?

 

米国にはこれに関する決まりがありません。参考として、パンデミック下で人工呼吸器が枯渇した際にだれを優先的に助けるかというガイドラインはあります。NY州でも2015年に作成されており、より多くの患者を助けるべく、客観的な指標を用いて云々という記載があります(5)。これを基に各病院でも緊急時のガイドラインが作成されています(当院は非公表)。

 

ただ、わたしの知る限りNYで実際にこの緊急時のガイドラインを発令した病院はありませんでした。明らかにNYは医療崩壊していたのにも関わらず・・・。

 

本来であれば、客観的な病院が率先してガイドラインを作成すべきだったのはだれの目にも明らかでした。しかし、医療資源の供給をはじめとした他の問題も多くあったので、病院がここまで手が回らなかったのが現状です。なので、すべてが担当医療チームの判断に委ねられることとなりました。

 

できるだけ客観的に判断できるように、専門機関の推奨を軸に(サンプルを末尾に添付)、患者背景・年齢・基礎疾患・臨床データなどを基に科学的に有用とされる客観的な指標を利用して、インフォームド・アセントを行いました(3, 6)。とはいいつつも主観的な要素はどうしても入ってしまいます。

 

一歩間違えれば、「命の選別」をしていると言われても仕方ありません。

 

医師が患者や家族の代わりに蘇生の選択をしてあげることで、患者・家族は重い責任を負わなくて済むというメリットがあるといわれていますが(3)、医師がその責任の肩代わりをしているだけ。

 

日を追うごとに段々と仕事に向かう足が重くなりました。これが疲労によるものなのか責任によるものなのかはいまいちわからないし、それについて考える気力もなくなってしまいました。

 

(続く)

 

 

  コロナの人員不足で別の科から召集された古い友人と談笑するわたし
 

 

どのような患者にインフォームドアセントをすすめるかという例(Vitaltalkより)

 

どのような患者がハイリスクか(Vitaltalkより)

 

参考文献:

1.         Paranjpe I, Fuster V, Lala A, Russak A, Glicksberg BS, Levin MA, et al. Association of Treatment Dose Anticoagulation with In-Hospital Survival Among Hospitalized Patients with COVID-19. J Am Coll Cardiol. 2020 May 5.

2.         Richardson S, Hirsch JS, Narasimhan M, Crawford JM, McGinn T, Davidson KW, et al. Presenting Characteristics, Comorbidities, and Outcomes Among 5700 Patients Hospitalized With COVID-19 in the New York City Area. JAMA. 2020 Apr 22.

3.         Curtis JR, Kross EK, Stapleton RD. The Importance of Addressing Advance Care Planning and Decisions About Do-Not-Resuscitate Orders During Novel Coronavirus 2019 (COVID-19). JAMA. 2020 Mar 27.

4.         CAPC COVID response resources. https://www.capc.org/toolkits/covid-19-response-resources/. 2020. 

5.         VENTILATOR ALLOCATION GUIDELINES NYSTFoLatLNYSDoH, 2015.

6.        COVID Collaborative Resources. Vital Talk.org. https://www.vitaltalk.org/topics/covid-collaborative-resources/. 2020.