ごきげんようだす宝石赤みやたかなです。

 

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私は子育て、子どもの世話が
ぶっちゃけ好きじゃなかった。ずっと。

(猫ににじりよる娘。笑)

可愛くて豊かで幸せなかけがえのない存在、
ではもちろんあるけれど、

現実は毎日同じことの繰り返しだし

意志が出てくるようになってからは
納得しないとやってくれないことばかりで、
何度も「ズボンはいて」と言わないといけない煩わしさなどを筆頭に(笑)
1つの動作にやたら時間と手間がかかる。

良い教育をしようとしても手応えがない。
効率が悪くて、無駄に思える。
めんどくさい。
努力と結果が伴わないのが大嫌い。


実際には娘は猛スピードで成長しているが

その成長はまるで夏至から冬至にかけての
日の入りの早まりのように、
毎日畳の目が1つずつ減る位の自然さで成されるから
毎日一緒にいると全然わからない。

変化に、なかなか気づけない。


仕事も同じことの繰り返し
家事も同じことの繰り返し
子育ても同じことの繰り返し

私はリフレインでできているみたいで
バカにされているような気がしていました。


でもある時、

子育ての「結果」って、
なんだろう?
いつ、わかるんだろう?

という根本的な疑問が。


義務教育が終わったら?
高校卒業したら?
20歳になったら?
結婚したら?
子どもが親になったら?
それとも、もっと先?

子育ての結果って、
学歴でも、キャリアでも、結婚でも、
はたまた自分の家族を作るでもなく

たぶん、
子ども自身が死ぬときに、
「良いママのとこに生まれたな」と思えたら
それは子育て成功ってことなのかな

なんて思いました。


なんというロングスパンポーン


この時点で、
たぶん私の生きているうちにはわからない。

=私のみられる範囲は過程のみ。

=子育ては、過程だけしかない。

=結果を求めるのは不毛。

過程を楽しむことが子育ての真髄。


ということに、
ママ歴2年半でようやく気づきました。

同時に今まで苦しかった理由がわかった。

「最短最速の結果」を求めていたから。
無駄が嫌いだったから。


寝返りできるようになる
ハイハイできるようになる
立てる
歩ける
階段登り降りできる
走れる
ジャンプできる
すべり台できるようになる…

はたまた

幼稚園や保育園
小学校
中学校
高校
大学
仕事
結婚
出産
子育て…

1つできたら次が待っているわけで、
終わりはない。

仮にこのどれかに失敗orやらなくても、
無駄に思えることばかりやってても、
それが後でいい感じになるかもしれず
都度都度結果を求める必要はない。


いつも結果を求められることが
どんなに辛いかわかっていたはずなのに

私は勝手に娘の最速の結果を求めて
得られない結果に勝手にイライラして
「子育て嫌い」ってなってたな、
と反省しました。


【子育ては過程そのものを楽しむこと】
と思うようになってから、

雨の中保育園帰りに水溜まりで遊んで
必要のないスーパーへ寄り、
私の嫌いなレーズンパンをねだって買い
傘をささずにずぶ濡れになって歩いて
謎の赤い実を木からむしって潰して
臨月の私に抱っこをせがんで、
断られて不機嫌になり
家に帰ってあったかいシャワーで遊び
いつもより1時間遅れで晩ごはんになっても

ムカつかなくなりました。


結果を求めないことが、気持ちを
こんなに楽にするのかと思いました。

この過程が子育ての真髄と思うと
いつも【今だけの子】をみていられますね。


先のことばかり、見すぎてない?


あでゅ。