義母…良トメおばあちゃん

義姉…良コトメ🐶

私…鬼ヨメお母さん節分??

 

 

義母が、認知症になり、ガンコちゃんになったのが、

良トメだっただけに、とても残念だった。

 

義姉は、そんな嫁姑のあいだに入って、

義母を立て、嫁を立て、だいぶ動いてくれた。

 

 

義姉は、

義母のプライド(嫁に負けたくない)を尊重し、

義母の拒否が、理解できない不安や変化への不安からと理解し、

根気よく寄り添っていた。

 

(同居じゃないからね、毎日じゃむりよ🐶)

 

私は、

義母が我を通し、コッチは我慢して付き合うなんて、理不尽だ!

と思った場合は、そのままを義母に主張した。

 

そうすると、たいてい、義母は義姉にグチ電話をする。

 

(嫁ちゃんは嫁ちゃんの考えがあっていいのよ🐶)

 

 

こうして、我が家の介護は「義姉ありき」になって行った。

 

 

特に、嫁がフルタイムで働き出したのと、

義姉が、近くに越して来たのが重なった、2年前から、

義姉の比重が増えて行った。

 

もちろん、義母の認知症が進んでいったのも、ある。

 

 

 

それが、昨夏。

鬱により、義母の認知症が急激に悪化ダウン

 

もう、義母にお伺いを立てて、介護プランを導入する段階ではなくなった。

 

義父は、ショートステイへ。

義母には、訪問看護、導入決定。

 

案の定、ものすごい抵抗を見せた義母。

 

おばあちゃん「なんで看護婦が来るの?お父さんもいないのに!

それから、お父さんは何でショートステイなんか?

私が家でみれるから、旦那を返して!

どうしてこうなった、いつ帰ってくるの?」

 

などなど…

 

連日、この義母に応対するのは、キツかったな~魂

 

 

でも、嫁ががんばれたのは、

家族会議が済んでいて、義父母の施設入居の方針が決まっていたから。

 

もちろん、義父母には、

施設入居の話など、一ミリもせず。

 

もう義父母に決定権は無い段階に入った、と義姉が言うから。

 

 

お母さん「義母は鬱で調子が悪いし、義父は夜中にトイレ介助が必要なの。

こうするしかないんだよ、この先のこともわからないよ」

 

こう説明したところで、義母には理解できるはずもなく。

 

 

内心では、こう思っていた。

 

お母さん(義母にもう決定権はないんだよ。

自分で生活できないんだから、義母が自分で決める時代は終わりだって)

 

お母さん(義姉ちゃんが施設がいいよって。義母が家に居られるのも、あと少し。

この疲れる応対をするのも、あと少し)

 

 

やっぱり、私は鬼ヨメ節分気づき

 

 

でも、このあと、義父母をいい施設に入れてあげようと、

(義姉が、ここがいいと思える施設選びに協力したかった)

情報収集や見学、がんばったよね!?