小沢一郎にエールを送る。 | 宗純の (小) 部屋

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日々の思いを keyboard に託して。

近頃、「小沢一郎」の名前がテレビ新聞で見ない日は無い。


未だ、判決が出ていないのでジャッジ的な話を私はしない事にしている。


20年位前から私の好きな国会議員は「石橋湛山」、「田中角栄」、「小沢一郎」。

興味有る議員として中川一郎と鈴木宗男。

(北海の熊と称された中川一郎の息子が大虎になって政界から去ったのは悲しいが。)


☆石橋湛山は、冷戦構造の打破を政治的な目標に掲げており、その具体的な方策として「日中米ソ平和同盟」構想を提唱しました。
これは、日中、米中など2国間では解決困難な問題を日中米ソの4カ国の枠組みで話し合おうというものでした。湛山は、最初の訪中で 周恩来首相にこの構想を示し周恩来はこれに賛同しました(自由思想第17号)
湛山は周恩来と9月16日、17日の2日間にわたって会談していますが、この構想については、17日の交渉で話し合われました。(某HPより抜粋)


昭和30年代初頭に石橋湛山が周恩来と会見し今の日中友好の橋渡しをしたんですね。

その後、20年近い紆余曲折の時を数え田中角栄が国交を回復しましたね。

当時、小沢一郎は身を粉にして影の陣頭指揮を取っていたと某本に書いてあった。


この3人に通じる事、それはアメリカに媚を売るんではなく、アメリカと対等路線を求めたのではと私は思ってる。


戦後の日本経済復活を中国との国交回復と読んだ石橋湛山先生の本を又読みたくなりました。

石橋湛山先生は戦後の日本復活の為に、貧しい国民の優秀な子供たちを各県毎に枠を作り東京に集め、安価で教育受けれるように税金を投じ大学を作ったりもしてます。


まるで、「米百俵」の話を戦後国家事業として行っていたんですね。やはり教育の大切さを。

それを過去の首相であった「小泉某」がテレビで簡単に、軽く「米百俵」を話した時には絶望しましたね。

竹中○×という参謀もいましたね。


小沢一郎が白なのか黒なのか私は知らないが、カメラに向かい色々聞いてきた様な話をしている政治関係者(議員らしい)や報道関係者に聞いて見たい。

あなたは現状を「歴史で学びますか、経験で学びますか」と。

経験は過去数十年前。歴史は過去2千数百年。 経験で学びカメラ前で話してませんか?


「国家安泰」が死語になりましたね。


現在の(今日の)日本に必要な政治家って誰なんですかね。

つい、政治の話をして仕舞いました。