東京パラリンピック
車椅子バスケットボール決勝、
日本vsアメリカが終わりました。
開始からメダル授与のセレモニーまで
ずっとテレビを見ていましたが
泣けて泣けて仕方がありませんでした。
車椅子バスケに限らず、
バスケットボール競技でも
僕らが中学・高校くらいまでのときは
日本はオリンピックに出ることすら
かなり難しい時代でした。
まあ、無理だったね。
それが今となっては
バスケの国アメリカと決勝戦をするのですから
日本のバスケもかなり
レベルがあがってきたのでしょう。
車椅子バスケ、
実は僕、実際にやったことがあるのです。
大学時代、
教職課程をとる人は
要は教員免許をとりたい人は、
日曜日に(なんで日曜やねんて話ですが)
体育を受講しなければなりませんでした。
しかも、
千葉県の野田キャンパスまで
何時間もかけて電車で行って🚃
その体育の先生は当時、
障害者スポーツとかも研究してる人で
授業で僕らも実際に
車椅子バスケをしたのです。
これがね、
ボールが飛ばない飛ばない
シュートが全然リングに届かないの。
しかも移動するときは
必死こいてむっちゃ両手でタイヤこぐでしょ?
それからのシュートってきついのよ。
腕がまるで上がらないの。
力が入らない。
フリースローも悲惨だったね。
いかにふだん僕らが
シュートするとき脚を使っているのか
身に染みて解った出来事でした。
車椅子どうしがガンガンぶつかってさ
バランス崩して倒れまくるし
タイヤが外れたりとか
もう格闘技だよね。
本当に、
またとない経験をさせていただいたと思います。
あれからしばらくは
車椅子バスケには興味ありませんでしたが
スラムダンクでお馴染みの井上雄彦先生が
「リアル」という漫画を発表してね、
また一時期ちょっと、
車椅子バスケに興味持つようになって。
それからまた離れたけども、
今回パラリンピックで
日本を応援してきた、という感じです。
車椅子バスケの選手たちの、
生い立ち、人生とかさ
過去にあった出来事をいろいろ知ると
本当になんも言えない気持ちになりますっけ。
"いったいどんな想いで、
コート中を走り回ってるんだろうな"
って。
考えたら目頭が熱くなるのよ。
胸がどうしようもなく熱くなる。
もともとは別の競技をしてたけど
ちがうスポーツをしてたけど、
事故や病気が原因で
車椅子バスケと出逢って、とか
そんなことが沢山あるわけですけども
例えば今、
コロナで全世界は
本当に大変なことになってますけども
僕、コロナがなければ
登山やってませんからね。
いや、人生のどこかで
もっと先のどこかで
登山を始めたかもしれないけど
確実に今このタイミングではやってない。
コロナがなければ。
皮肉なこと、というか
いや、皮肉って言葉は使いたくないな、
でも人生は本当に不可解です。
運や、縁
いや違うな
本当にどんな言葉をもって
定義すればいいか解らない不思議な力
それが人生には間違いなくあります。
日本代表のみなさま、
銀メダル、本当におめでとうございます。
いっぱい
いっぱいありがとうございました。

