RIP Prof.Hawking | snyfのブログ

snyfのブログ

ブログの説明を入力します。

一関はすっかり
春の香り

{302DFCDF-3891-4F2E-869D-187E86C03E83}

昨夜は
自分の看護師人生で
絶対に忘れられない夜となりました

なぜか、なんて
何があったか、なんて
言えないけども

やっぱり僕は
うちの病院の先輩たちやドクター、
看護補助者さん、
とにかくスタッフみんなを
尊敬しています

昨夜も
いったいいつ寝たのやらって感じでしたが

今日起きたとき
「丸長食いたい」と思って
久しぶりに行ってきました

{697720C5-DD7A-4A9C-B076-D4EBFC3340B2}

でもそのあと

心から尊敬してやまない、
物理学者のホーキング 博士が亡くなった
というニュースを観て
非常に落ち込んでいます

みなさんも
名前だけは知ってるのではないかと思います

{96A7E67B-E76B-4097-A304-7CF710CB63BD}

ALS、
筋萎縮性側索硬化症という病気だったことでも
有名な方です

彼の著書や伝記を
僕も何冊か読んでますが

{C95EF57A-097E-43D4-A2D9-9A8EBE0B0B13}

世界的に有名な、
というか絶対に、
歴史に名を残す物理学者ですが

絵に描いたような
順風満帆な人生ではなく

波乱万丈な
壮絶な人生でした

ホーキングが
どんな功績を残した物理学者なのか
って話は非常に難しいですので
(というか僕も
ほんとに大雑把にしか分かってない)

彼の人生について
ほんのすこし、
振り返ってみたいなと思います

幼い頃から優秀で
17歳でオックスフォード大学に入学しますが
大学レベルの内容が
「バカらしいほど簡単」すぎて
つまらない、
孤独な日々を送ったといいます

でも
オックスフォード最期の1年というあたりから
自分でも苛立だしくなるほど
あらゆる動作が鈍くなってきたそうです

階段も登れなくなって
病院に行ったら
「ビールの量を減らすことだね」
とドクターに笑われて終わり

大学院は
ケンブリッジ大学に進みますが
ますます病状は悪化して

専門医を紹介されて
21歳のとき、
ALSと診断されます

当時のことについて
ホーキングはこう述べています

「不治の病に冒されて
余命いくばくもないと知った衝撃は大きかった
どうしてこんな目に
遭わなくてはいけないのだろうか
だが入院中に
向かいのベッドだった少年が
白血病で死んだ
痛ましい最期だった
世の中には
私なんかよりはるかに不運な人がいる
気持ちが塞ぐと
いつもその少年のことを思い出した」

ところがホーキングは死にませんでした
それどころか、
いずれ妻となるジェインと出会い、
人生が楽しくなったのです

そしてホーキングはジェインと結婚し
新しい生活を始めますが

3番目の子ども、
ティムが生まれた直後、
ジェインが鬱病を発症、
しかも悪化してしまいます

夫の余命がいくばくもないことを思い、
残された母子を扶養して、
ひいては
再婚相手になってくれる誰かを
求めるようになってしまったのです

そのことについてホーキングは
“心の屈折”と表現しています

やがてジェインは
オルガン奏者のジョナサンと知り合い、
家に一緒に住まわせます

ホーキングの胸中は
穏やかではありませんでしたが、
彼自身、先は短いと思っていたし

自分の死後、
誰かに子どもたちの面倒を
みてもらわなくてはならないと思って
強く出るわけにはいきませんでした

いったい、
どんなにしんどかっただろうなと
ほんとにそう思います

人間が生きていくのって
そして、
家族として生きていくのって
本当に大変なことだなと思います

「もし、この宇宙に自分1人しかいなかったら
誰が自分を認識するのでしょうか
そしてその認識されない人の人生に、
意味などあるのでしょうか」

という、
僕が個人的に
ホーキングの中で1番好きな言葉があります

ホーキング、
あなたは現代の
本当に多くの人たちに認識され、

いや

これから何十年、
何百年経っても、
未来に生きる数えきれないほどの人たちに
認識されることでしょう

それほどあなたの学問上の功績、
そして人生そのものの功績は
偉大だったのですね

心から御冥福をお祈りいたします

{3FEA4E4B-4293-4741-B8CC-F44159BD90C8}


一つ目は、
足元を見るのではなく星を見上げること。

二つ目は、
絶対に仕事をあきらめないこと。
仕事は目的と意義を与えてくれる。
それが無くなると人生は空っぽだ。

三つ目は、
もし幸運にも愛を見つけることができたら、
それはまれなことであることを忘れず、
捨ててはいけない。