読売新聞の記事で考えさせられることがありました。
本当に反省しているのか…被害者家族が見た“塀の中”
少年犯罪を含め、凶悪犯罪を犯した者が再犯をかさねる事が社会問題になっています。
理不尽に命を奪われたり、重傷を負った犯罪被害者への救済はままならない
状態が続いているのに、上記の記事を見ると塀の中での処遇も酷い物のようです。
刑法を改正して罪を重くする事も一つの対処ですが、いくら刑期を長くしても
矯正の効果が上がっていなければ何の意味もありませんね。
かえって、国庫でただ飯を食わせるだけでしょう。
一定期間、犯罪者を社会から隔絶する意味しかありません。
以前から思っていることですが、差別はいけない、犯罪者でも贖罪したなら
普通の人のように扱わなければならない。
と言うような「人権意識」が、教育やマスコミのプロパガンダで浸透しています。
そのため、前科者などというのははばかられる世の中です。
これでは、出所後の社会的制裁は受けないことになります。
以前は、この社会的制裁が怖くて犯罪を押しとどめる効果があったと思うのですが
刑期さえ終えれば自由の身では気楽な物ですね。
そして、さらに恐ろしいことに犯罪者の個人情報なども伏せられることで
何時、自分のそばに犯罪者が引っ越してくるかもわかりません。
一般の人は、なんら警戒をするすべを持ちません。
ここで、刑務所内での矯正効果が充分上がっていれば、再犯の危険も少なく
上記のような考え方も通るのでしょうが、矯正効果が上がっていなければ
犯罪は増える一方になってしまいます。
海外では、性犯罪者の氏名、住所の公開や追跡調査なども行われているようです。
このことから考えても刑務所内での矯正は「絵に描いた餅」に過ぎず、期待体は出来ないようですね。
そうなると、もう少し情報公開をして社会の厳しい監視の元に置くしかないでしょう。
人間が本来の動物としての本性を表せば、現代社会では法に触れることばかりで
決して「性善説」では、制御できないと感じています。
そのための法であり司法だと思います。