タブーの崩壊 | 真夜中の砂布巾

真夜中の砂布巾

真夜中にネットをさすらっている中年おやじの、たわいもないひとりごとです。

戦後60年がたつわけですが、その間に作られた数々のタブーが破られ始めています。
私が子供の頃は在日朝鮮韓国人に対する指摘や同和に関する話題もかなりタブー視されていました。その裏にはかなり強烈な差別感覚があったと思います。
しかし、そのような差別感は徐々に薄れていき今ではかなり希薄な物となっている感じがします。
これはタブー視した故の結果もあるとは思いますが、その反面タブー視することによって正確な情報が伝えられず、誤った認識を持つことも多いと思います。

そのタブーはマスコミや一部の過激な被差別団体によって作り上げられた物ですが、その勢力も徐々に力をそがれ、またインターネットなどの普及によりマスコミ以外の情報が氾濫することによってたががはずれてきています。

ここで気をつけなければいけないのは、玉石混淆の情報の中で何が正しいのかは自分の目と耳で収集した情報をしっかり判断しないといけないと言うことですね。

物事には必ず表と裏があります。戦後報道や教育で伝えられてきたことも一面だけを見た物に他なりません。
差別が確かに存在し、蔑視されてきたことは事実です。それは私も体験してきたことです。ただ、その後それにどう対処してきたのかという点では、必ずしも正しい道を歩んできたとはいえないでしょう。

差別される側にも問題はあったわけで、そのような境遇の中で暴力的であったり、またそのこと自体を食い物にしてきた経緯もあると思います。
大事なことは両面をきちんと理解することによって自分自身の考え方を正しい方向に導くことです。
被差別者に対しては何も言えないと口をつぐまなければならない状態を作り出すことが一番いけないことです。
それは差別を食い物にし、その継続を望む者たちの思うつぼです。

タブー視をやめて、こういう問題を直視しましょう。
また、つまらない優越感とナショナリズムで隣国の人々をさげすむのではなく
民族性や歴史を理解した上で、堂々発言できる世の中にしたいものです。