山を降りる最終日 | 子供達になにを残すかを考える

子供達になにを残すかを考える

いったい僕は可愛い3人の子供達に何を残すことができるだろうか・・・?

そんなことを思い初め、残りの半生を子供軸で過ごしていきたいと考えはじめました。

自己を磨くこと、子供達の心をしっかり受け止めること、日々の気付きをノートにしようと思います。

暗くて寒い洞穴に入る気持ちで数日過ごしてみたが、

日が経つにつれ少しづつ灯りを灯していった。

 

今はここでも暮らせるようになった。何かを得たような気持ちだ―

 

 

欲求や感情に振り回されないで生きて行く。

 

人はそれぞれに理想とする生き方がある。

 

まずは、そのイメージを明確化させる。

 

たくさんの人が生き方の情報を誤って常識化させている可能性がある。

 

その刷り込まれた情報や常識に疑問を抱く必要がある。

 

あるいは、自分の生き方とその他、大勢の価値観が相違している点を拾い出す。

 

またあるいは、長い年月をかけて組み込まれた本能的な感情を意識的に書き換える作業がいる。

 

特に働き盛りの成人達にはこれらのことが課題になる。

 

なぜならば、大事なことを見失いがちになるからだ。

 

そして、まだまだ次のステージに進まなければならないからだ。

 

一度持った価値観は感覚の深い所に置いているので、引っ張りだして整理する必要がある。

 

 

赤ちゃんや幼児には、生き抜く上での本能は持ち合わせているが、その先の生き方は親や出会う人によって作られて行く。

 

10代、20代のときは将来に期待感を持ち、手探りに未来を掴みに行く。

 

やがて、生きる為の技は身に付く。生きることは可能になるが、中年層になると惰性感で生きてしまいがちになる。

 

 

 

僕には愛すべき子供達が三人いる。

 

時代に通用しない考え方や慣習を、この愛すべき子供達に絶対に刷り込みたくない。

 

まだ新しいノートに間違った解釈を親が書き込んではいけないのだ。

 

誰しもがそう思うように、子供達には豊かで素晴らしい人生を送ってもらいたい。

 

子供達には将来、活躍と貢献を掴んでもらいたい。

 

たくさんの人に愛され、自己が輝ける場所に誘導できるように、

日々、親である我々が良い影響を与えたい。

 

そして、絶対に持ってはいけない考えが、”自分のことだけしか考えない”という考え方だ。

 

その事に気付けるのは、挫折や失敗を経験することによって得られることがある。

 

ならば、挫折も大いに歓迎しよう。

 

そして、自らを驕ることのないよう注意したい。慢心の先に罠が仕掛けられていることを意識しよう。

 

必要以上の欲望は自己を攻撃していることだと考えよう。

 

 

 

大方の人は、小さい欲望や負の感情によって心をすり減らしている。

 

目先の事だけに囚われているのだ。

 

すぐに結果が出る方法ばかりを思考し、実りの少ない現実ばかりを繰り返す。

 

小さい範囲での損得で物事を図ってしまう。

 

そんなことはもう終わりにしよう。

 

心が疲労するだけである。

 

 

とにかく、自分の周りの人達に正の感情を波及させよう。

 

それは、道ですれ違う知らない人に対してでもだ。

 

そうすると喜びは必ず増えて行く。

 

喜びとは自分が思っている以上の力を持っていることに気付いて行く。

 

そして、自分を信じて生きて行こう。

 

 

そのことを考えさせてくれた子供達に心から感謝する。

 

もちろん、こんな僕を受け入れてくれる妻にも感謝します。